第13話 妖怪考:人間モドキ
実話怪談の中に、緑の人というジャンルがある。
普通の人の中に、霊能者が見ると肌が緑がかって見える人が混ざっているというものだ。
人間に似て、人間ならざる者。
私はこういった話を聞くたびに、人々の中には人間モドキが混ざっているのではないかとも思うのだ。
人間モドキとは言っても、ネットで口の悪い人間が隣国の人間を差してつぶやく人間モドキという意味ではない。本物の擬態生物のことだ。
生物の中でも生態系の頂点に位置する強い生物には、それに擬態した別種の生物を抱えていることが多々ある。
例えば昆虫界ではアリは最強の座を保持している。一匹での力は弱いが、集団になった場合が恐ろしく強い。しかもアリは必ず集団で行動する。軍隊アリに至っては、行く手にあるものを鳥も獣も含めてすべてを食い尽くす。
そしてそのアリたちの中にはアリに擬態した色々な種類の生物が混ざっている。
例えばクモ。八本の足それぞれがアリに似ていて、傍目には複数のアリが獲物を運んでいるように見える。
他にもアリそっくりに進化したアリグモのような別の虫もいる。さらには姿形を擬態するだけではなく、アリのフェロモン臭を出すイモムシというものもある。つまり匂いによる擬態である。アリはこのイモムシを自分たちの幼虫と勘違いして育ててしまうのだ。
どの方法で擬態するかは寄生先の生物がどの方式で自分と他の生物を認識しているのかに依存している。それらの擬態の中には、人間ですら見分けるのが難しいほぼ完ぺきな擬態から始まり、どうしてこれが判らないのかと思わせるような粗雑な擬態も多い。
例えば、托卵で有名な鳥のカッコウに過去どこかの時点で狙われた鳥がいる。
カッコウは自分の卵をその鳥の卵とすり替えるが、その鳥は卵に模様をつけることで托卵から逃げようとした。するとカッコウの側も卵に同じ模様をつけて追いかける。この戦いは最終的に、その鳥が配色こそ違えど小さなスイカそっくりの卵を生みだすまで続いた。出来上がったのは緑色のシマシマ模様のデザインの卵なのである。
人間ならば、ここまでサイケデリックな模様付きの卵に至らなくても、卵の大きさだけで判別できるだろう。カッコウの卵は托卵先の鳥のものの三倍の大きさがあるのだ。
だが、単に大きい卵を弾くようにしては種がどんどん小型化してしまう。そして小型化は往々にして致命的な結果を引き起こす。従って、卵の大きさでの判別よりは、色と模様による判別をこの鳥は選択したというわけだ。
奇妙に思われるかもしれないが、生物の認識機構はコスト優先を目的として相当な手抜きで作られている。
人間は自分の目をカメラと同じように思っているかも知れないが、実はカメラほど性能は良くない。
例えば、人間の目は視野の中に固定されたものは見えない。これはカエルの目と同じである。動かないものは見えないのだ。
そんな馬鹿な?
人間の目にも毛細血管はある。それが無いと組織は酸素不足で死んでしまう。では自分の目の中の血管が見える人はいるだろうか?
答えはノーである。
血管は網膜に対して常に同じ位置にある。人間の目の基本的な構造はカエルと同じで、視野の中で動かないものは見えない。そのため人間は自分の目の中の血管を見ることができない。
ではやはり同じく動かない風景をどうやって見ているのか。
実はカエルとは違って、人間の目は常に細かく振動している。つまり眼球の側を小まめに動かすことで、周囲の動かない景色を相対的に動かして見ることができる。
なんと安上がりでエレガントな解答を自然は作り上げるものだ。
この話の肝はここだ。
自分の目の中の血管が見えないことも、本来見えないはずの景色を見るために目が細かく動いていることも、普通の人間は意識していない。
穴だらけの認識システム。実はすべての生物が、ぎりぎりのコストで出来ている安物の感覚器を使って、ぼんやり程度のレベルで世界を感知している。
そして擬態生物はそこにつけこむ。擬態先の生物の感覚器の限界をあざ笑うかのような安物の偽装で済ましているのだ。
人間モドキが人類という種の間に潜り込んでいるとすれば、それは人間の感覚器の特性に合わせた擬態を行っているに違いない。別の感覚器を持つ別の種族が見れば、恐ろしく幼稚に感じられるかもしれないいい加減な擬態でだ。
実話怪談の中にたまに混ざるのが、美女に見とれてこっそりと横目で見ていると、目の隅に余分な足が見えた、という話である。人間の美女に擬態した、三本も四本も足を持つ、何かの生物。
この変形として手が三本以上ある者や、頭が複数ある者などもある。
もちろんこういった伝聞をそのまま信ずることはできないが、最初から無碍に無視するのもまた科学的態度とは言えないのだから、考慮に入れる必要がある。
正しく我々の目の特性に合わせれば、手がたくさんあろうが、足がたくさんあろうが、気づかれることはない。ごくたまに混ざる、変異した感覚器を持つ人間以外には。
人間はすでに百万年も種を確立させ、その内十万年は生態系の頂点で美味いものを食い続けているのだ。そのおこぼれに与ろうとする人間モドキ種族が生まれても可笑しくはない。 あるいは、それらは別種の擬態生物ではなく、人間の亜種という可能性もある。つまり人間に極めて近い別の進化の産物である。人間社会に混ざり、庇護を受け、繁栄するが、人間とはどこか異なっているもの。
長い年月の末に、人間はついに彼らを判別する方法を手に入れた。それはDNA鑑定である。
だがこの方法は一般に普及しているわけではなく、またもし自分が人間モドキであることを知らない人間モドキがDNA鑑定を受けてしまったとしても、サンプルの取り間違いとして扱われることになる。あるいはどこかDNA採取の段階での汚染が起きたとして扱われる。
科学的判定法には探す対象が何かを明確に分かっていて初めて有効性を増すという厄介な性質がある。
まだしばらくはこの疑問に答えが出ることは無いであろう。
ときどきこんなことを夢想する。
ある日、人間モドキが発見される。その人間モドキは高度な知能を持つことが明確になる。いや、高い知能を持っている人々の殆どが人間モドキだと判る。そして人間モドキを排除した人類は、再び、猿への長い長い退化の道を歩き始める。
皮肉なことに我々こそが彼らに依存していたのだ。
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