第3話 マサイ族

 アフリカのマサイ族の伝統的な食事は牛の血とミルクを混ぜたものだった。牛の体を傷つけて血を抜き取り、これに牛のミルクを混ぜて飲むのである。新鮮な血とミルクには十分な栄養があり、これだけで完全栄養食となる。

 そしておそらく恐ろしく不味い。


 だがこれは何ものをも殺すことの無い食事。ビーガンよりももっと倫理的にレベルが高い食事である。


 もっともマサイ族は倫理的な理由でこのような食事をしていたわけではない。財産である牛を減らしたくないという至極もっともな理由である。


 昭和の時代の話であるが、近所に孤独な老婆が住んでいた。彼女は広い空き地の中に掘っ立て小屋を建てて暮らしていた。ボロボロの家にボロボロの服。食事は三度三度、バターをご飯の上に載せただけのもので済ませていた。

 近所の者たちはあの婆さんは余程の貧乏なんだねと噂していたが、彼女は近所付き合いを一切しなかったので本当のところは不明であった。

 婆さんが孤独死した後に、本当のことが明らかになった。

 天涯孤独の身の上で、資産は三億円(現代では六十億円程度の価値)あった。住んでいたのも全部自分の土地だった。

 彼女の姿にはかってのマサイ族の姿が重なる。常人を遥かに越える吝嗇(ケチ)が生み出す独特のスタイル。


 現代のマサイ族は携帯電話を持ち、かっての部族の姿を観光に使い、携帯で資産投資を行いながら生きている。

 倫理的に正しい食生活は今はもう無い。

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