第4話 砂漠
会社の研修にこのようなものがある。
「乗っていた飛行機が墜落して砂漠に不時着してしまいました。この砂漠は昼には気温50度になることが分かっています。手元にある十のアイテムに優先順位をつけなさい」
アイテムの中にはパラシュートや酒、拳銃などが並んでいる。
すべてのアイテムをパラシュートの布に包んで全て持ち歩けば良いではないか、優先度をつける必要がどこにあると考える私は少数派らしい。
こうして色々と議論させて採点しようと言うのだ。
元々の問題はNASAが考えたという但し書きがついているが、答えを読んでみるとNASAが考えそうにもない実に軽薄で無意味な説明ばかりである。この問題を考えた人間は科学のカの字も知らない人間であることは間違いない。NASAは全盛期には一人で博士号を三つ同時に取るような人間が職員をやっていたぐらいレベルが高いのだ。
こんないい加減なものをネタに成績をつけられる人間が可愛そうである。
研修に参加した同僚の話によるとこれを夜中の二時まで議論していたグループまでいた始末である。
実際の砂漠の環境は激烈だ。
昼は気温五十度。夜は零下まで落ちる。大気中に水蒸気が少ないため、砂漠で直射日光を浴びた場合は十五分で意識を失い、四十五分で体温はタンパク質凝固温度を越えて死に至る。
つまり行動を決めて実行するまでのタイムリミットは15分。夜中の二時までゆっくりと議論ができるほど砂漠は甘くないのだ。
必要とする水分は、テントの中に大人しくしている状態で一日二十リットル。活動状態では四十リットルを必要とする。(湾岸戦争時の兵士の記録)
体重八十キロの人間は二十キロの水分を失った時点で、心臓が血液を動かせなくなって死に至る。(塩湖踏破チャレンジの例。なお、挑戦者は死亡。発見時の遺体の重量は二十キロ)
つまりテントの中にいても設定通りでは一日後には干からびて死ぬのだ。原題にあったような一人二リットルの水では一日も生きられない。
もちろん、研修を行う会社はこういった情報など欠片も知らないし意識していない。それらしい体裁が整っていればよいだけだ。彼らは安くこきつかえる出来る社員の教育という夢を、頭の煮えた部長連中に売っているのであり、現実というものはただ邪魔なだけなのだ。
周囲の光景も重要だ。一口に砂漠と言っても岩砂漠、荒野、草が生えている砂漠、サボテンが生えている砂漠、砂砂漠など色々なものがある。そのどれでも生存するための戦略は変化する。
さらには飛行機に搭乗している他の人間の地位なども生存率に影響する。アメリカ大統領が乗った飛行機ならば墜落して五分で周囲は捜索機だらけになるだろうし、麻薬の密輸人の飛行機なら千年経っても助けは来ないだろう。
なんともいい加減な話である。
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