第10話
それは、まさに一方的な“殺戮”だった。
シルビアが巨大なメイスを振り回すと、目の前の男たちが吹き飛ばされる。
振り下ろすと、粉砕される。
振り上げると、宙に舞う。
骨と肉を砕く鈍い音が広間中に響き渡り、男たちは次々とメイスの餌食となっていった。
「ば、ばけものだ…」
剣を構えながらも腰が引けて下がっていく彼らに、シルビアは容赦なく鋼鉄球を浴びせていく。
彼女が一振りするたびに、広間の何人かは確実に死んでいた。それも、原形をとどめない状態で。
ライルは脇でそれを見ながら
(やはり法王様のご判断は正しかったな)
と思った。
こんな姿を、信仰心のあついピュアラの人々が目にしたら卒倒することだろう。
どう見ても、女神イシスの生まれ変わりとは思えない。
(いうなれば、破壊の神だ)
再生を象徴するイシスとは
その真逆のイメージがぴったりなほど、目の前の彼女はありとあらゆるものを破壊しまくっていた。
ライルは、巻き添えを食わぬよう離れた場所へとゆっくり避難していった。
「てめえ、逃がすか!」
そんなライルに気が付き、近くにいた男が小剣を向けた。
「こうなりゃ、てめえを人質に…」
男が言い終わるよりも早く、ライルは彼の顔面に鉄拳をお見舞いしていた。
「がは…」と口から血を流しながら男は崩れ落ちる。
「私が相手でよかったですね」
ライルは、目の前で相手を叩き潰すシルビアの姿を見て、本心からそう思った。
「ええい、なにが起きておるのじゃ!!」
シルビアの人間離れした攻撃に、玉座に立ち尽くす彼女の偽者も目を疑っていた。
「あの女は何者ぞ!!」
叫びながら、近くの男に問いかける。だが、男は答えなかった。
彼とて何が起きているのか理解できないのだ。
鬼神のごとく暴れまわる銀髪の女の姿を見て血の気が引いていた。
「シ、シルビア様…、お逃げください」
その時、別の男が玉座にたたずむ彼女の元へとやってくるとそう進言した。
「逃げよと申すか! 相手はたった二人ぞ」
「あれは化け物です。オレたちの手に負えません!」
広間の中央で暴れまわる銀髪の女の姿に、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「わ、わかった…」
そそくさと玉座から離れていくと、目の前にダガーが飛んできて近くの柱に突き刺さった。
「ひっ」
女は悲鳴をあげる。
そのダガーを投げたのは他でもない、ライルであった。
「逃がしはしません」
彼は、逃げ出そうとする彼女に気付いて手に持っていたダガーを投げつけたのだった。
女は驚いて腰を抜かす。
その隙に、ライルは猛然と偽のシルビアに向かって走り出した。
「シルビア様、下がってください」
彼を迎え撃とうと、近くにいた男が小剣を持って彼女の前に立ちふさがった。
しかし、ライルの突進は緩まない。
一目散に彼女の元へとむかうと、縦に振り下ろされた剣をかわし、男のみぞおちに拳を叩きつけた。
「んが!」と小さい声を上げて男が倒れ伏す。
その手から小剣を取り上げ、目の前の偽シルビアに突きつけた。
「追い詰めました。もう逃げられませんよ」
「な、なんじゃ、わらわが何をしたというのじゃ!」
恐怖で顔を引きつらせる彼女に、ライルは言った。
「ラバの村での虐殺、そしてそれを隠ぺいしようと引き起こした山火事、その他もろもろ。調べればまだまだありそうですね」
「馬鹿を申すな。何を根拠に…」
「彼女が、死者の魂の声が聞けるからです」
そう言って、メイスを振るいながら暴れまわるシルビアに目を向ける。
その言葉に女が乾いた笑い声をあげた。
「ほ、ほほほほ、死者の魂じゃと? まさか、それを真に受けているとでも?」
「彼女の言葉です、間違いありません」
「イシス教徒のお偉い様とは思えぬ発言よ。あの女は何者なのじゃ」
ライルは不敵な笑みを浮かべて目の前の女に教えてやった。
「彼女こそ、本物の聖女シルビア様です」
「シ、シルビアじゃと……!?」
シルビアの偽者である黒髪のその女は愕然と目を見開いた。
その顔は最初に見た時の印象よりも、だいぶ老けて見える。
「ば、馬鹿を申すな…。聖女シルビアがあのような悪魔であるはずが…」
「あなたほどではありませんよ」
「……」
女は睨み付けるようにライルを見ると、懐から小剣を取り出して斬りかかった。
不意をついた、と思ったが、ライルはその剣を難なく弾き返し彼女の胸に刃を突き刺した。
「がは……」
カッと目を見開く。
「中枢院の人間だから殺さないとでも思いましたか? 残念ながら、汚れ役が私の仕事です」
そう言うと、ライルは剣を引き抜いた。
どう、と偽のシルビアが口から血を流しながら床に倒れ込む。
その目は、すでに彼女が死んでいることを物語っていた。
ライルは持っていた小剣を投げ捨て、柱にささったダガーを引き抜いた。
やはり剣は重すぎる。
艶やかな光沢を放つダガーを手にすると、本物のシルビアに目を向けた。
彼女の方も、終わりつつある。
多くの屍が散乱し、その原形をとどめていない。
逃げ惑う男たちを背後から叩き潰す彼女の姿に、ライルは思った。
(いや、やっぱりあっちのほうが悪魔かもしれない…)
それは、確信に近かった。
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