第49話 二人一緒なら怖くないけど、三人目が出るとちょっと怖い

 ジャンケンに負けて自分の席に戻った慧斗けいとは、隣の席に腰を下ろした乃愛のあの方をチラ見してから黒板へ視線を向ける。

 男女混合リレーのメンバーになったのは慧斗以外の二人の男子、それから女子には勝ち残った乃愛の名前が―――――――――――。


「……あれ?」


 ―――――――無かった。

 荒木あらきという名前は黒板には見当たらず、代わりに先程じゃんけんの舞台に上がった他二名の名前が書かれてあった。


「あれ、荒木さんも負けたんだ」

「いいえ、ジャンケンには勝てたのですが……」

「……ですが?」

「慧斗さんと一緒がいいなと思ってしまいまして。えへへ、迷惑でしたか?」


 人差し指で頬をかきながら照れたように微笑む姿に、彼はイヤイヤと首を横に振る。

 こんなにも可愛くお誘いされて、それを断るような歪んだ勇気は持ち合わせていないから。


「それじゃあ、早いところ二人で取らないと」

「ですね。何が余って……あっ」


 声を漏らした彼女の視線の先、黒板を確認した慧斗は同じように驚いてしまった。

 だって、ジャンケンとお喋りをしている内に種目決めは淡々と進んでいたようで、いつの間にかほとんどの枠が埋まっていたから。


「じゃあ、一巡目はこれが最後ね。玉転がしに出たい人は挙手」


 秋葉あきはの言葉を合図に、二人はお互いに目配せをして同時に手を伸ばす。

 他の競技で余っているのはひと枠ずつ。ここを逃せば、せっかく出たい競技を諦めてまで一緒と言ってくれた乃愛の気持ちを無駄にすることになってしまう。

 絶対に勝ち取らなければ。その一心で挙手した慧斗は、教室の所々で他の何人かも手を挙げたのが何となく分かった。

 玉転がしの定員は六人。三つのペアを作って、二回ずつ転がす形式だ。

 男女比に決まりは無いため、人数さえ収まっていれば問題ないのだけれど……。


「いち、に…………あら、七人ね。一人諦めてもらうことになるわ」


 残念ながら、またもや定員オーバー。こればっかりはそれぞれの意思なので仕方がない。

 けれど、だからと言って諦めるわけにはいかない現状。慧斗は狡くても使えるものは使ってやるという気持ちで立ち上がった。


「秋葉、僕を優遇してくれ!」

「ダメよ。私がそんなセコいことをする人間じゃないって、あなたが一番理解してると思うけど」

「……ですよね」

「ま、今月いっぱい秋葉様と呼ぶと言うなら考えなくもないけれど」

「秋葉様! 秋葉様!」

「切り替えが早すぎて気持ち悪いから却下」

「どうして……」


 言われた通りにしたと言うのに、それが不満だなんてあまりに理不尽過ぎる。

 さすがは理不尽大魔王だと罵ってやろうかとも思ったが、そんなことをすれば自分を省いた六人で決定させてしまいそうなので我慢しておいた。

 慧斗がそんな複雑な心境を押さえ込んでいる中、とある女子生徒が手を挙げて秋葉にアピールをする。

 彼女も乃愛たちと同様に、玉転がしに立候補した内の一人なのだが――――――――。


「どうしたの、朱莉あかりちゃん」

「私、やっぱり玉転がしやめます!」

「あら、遠慮する必要は無いのよ」

「遠慮というか、冨樫くんと荒木さんでカップリングしてる私としてはそこを引き裂くリスクは裂けたいんだよね」

「……なるほど」


 そう言えば、朱莉ちゃんは学年全員を誰かしらとカップリングしているという噂があるほどのカップリング厨。

 理想のカップリング以外のカップルが生まれただけで気絶するほどの彼女が、自ら作ったその関係を自分の手で引き裂くことなんて出来るはずが無い。

 だってそれは、朱莉ちゃんにとって自分で自分の首を絞めるのと同義なのだから。


「朱莉ちゃん、本当にいいの?」

「もちろん。私は玉を転がすより、転がされる側の方が向いてそうだし」

「……ちょっと意味は分からないけど、辞退の旨は承知したわ。玉転がしのメンバーも決定ね」


 こうして順調に埋まりゆく枠に満足そうな顔をする秋葉。そんな彼女は、貢献人である朱莉ちゃんの一言に目の色を変えた。


「秋葉ちゃんが居たら悩みどころだったけどね」

「それはどういうこと?」

「元祖カップリングは秋葉ちゃん冨樫くんだし」

「……ちっ。他の競技に立候補してなかったら、全力で潰しにかかってたところよ。命拾いしたわね、荒木さん」

「あらあら、楠木くすのきさんの大きなヒップでぺしゃんこにされてしまいますぅ」

「あなたの方が大きいでしょうが!」

「バストの話ですか? ええ、大きいですが?」

「くっ……覚えてなさいよ……!」


 教室の前と後ろという距離でも分かるほどにバチバチとした視線を交わす二人。

 呑気なクラスメイトたちは、実際どっちの方が大きいかなんて話をしていたが、時折視線を向けられる慧斗はヒヤヒヤして仕方がなかったことは言うまでもない。


「頼むから僕を巻き込まないで……」

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