第48話 負けるが勝ちな時もある

 テスト週間が過ぎ、もう誰もがその結果について触れなくなった頃。慧斗けいとたちの通う央鏡音おうかがみね高等学校にはこの時期に近付いてくる催しがある。

 その名も体育祭。名前を聞く限りでは、どこの高校でも大体同じような時期に同じようなことをしているように思われるだろう。

 ただ、央鏡音では通常の体育祭でも行われているものの他に、生徒会と体育祭委員が考えた特殊な競技を行う事になっているのだ。

 去年は有志者のみで十円玉積み上げ競争を行い、積み上げられた枚数分をそれぞれのチームに加点するものなどがあった。

 その前の年は頭の上に紙風船を乗せ、ハリセンを持った先生に叩かれて割られないように逃げ回る競技をしたらしい。

 さらにその前には、姫運びという名前の競技が行われたと聞いたことがある。

 完全に委員会が作り出した競技だそうで、長い板に女子生徒を乗せて力自慢の男子生徒ら二人がグラウンドの反対側まで運ぶというもの。

 乗せる人数に制限は無いが、途中で落ちてしまった場合は戻って運び直さなければならないため、せいぜい四、五人が限度だと思われていたらしい。

 ただ、これは噂でしかないが、とあるクラスでは二十人を一気に運んだとか運んでいないとか。

 真実を知る者は先生たちしかいないが、その先生たちが口を揃えて忘れたというのだから、慧斗たちに知る術は無いのである。


「それじゃあ、聞いていくから志願者は手を挙げて存在を示してちょうだい」


 どうして突然こんな話をするのかと言うと、彼のクラスではたった今体育祭で何に出場するかを話し合っているからだ。

 無論、スポーツが得意では無い慧斗が選ぶのは、ヘマをしても目立たない綱引き一択だが。


「あ、言い忘れてたけど綱引きは今年無いわよ」

「えっ?!」

「そんなに驚いてどうしたの。慧斗、そんな綱引き大好きキャラみたいなのやってないでしょうが」

「綱引きが無いなら、僕はどうやってお手軽に楽をすればいいんだ」

「サボる前提で話さないでくれる? そんなの他の競技に出ればいいだけの話よ」

「それが出来るなら困ってない!」

「それすら出来ないなら帰りなさい」

「……」


 秋葉あきはの威圧感には敵わない。慧斗はしばらく睨み合ったものの、最後には押し負けて椅子に腰を下ろしてしまった。

 こうなれば仕方あるまい。残っているものの中で、なるべく負担の少ないものを選ぼう。

 例えば玉入れなんかはしゃがんで立って投げてを繰り返すから疲れるが、チーム戦だから一人のヘマはそこまで目立たない。

 逆に50m走や200m走なんかは、速い人と戦うと自分の負けが目立つのでNG。ましてやリレー系の競技なんてのは絶対に―――――――――――。


「私、男女混合リレーに出ようと思ってます」

「奇遇だね。僕もだよ、荒木あらきさん」

「本当ですか?! すごく嬉しいです!」


 ――――――つい、見栄を張ってしまった。

 好きな人からバトンを受け取りたいがためだけに、絶対に張ってはいけないタイプの見栄を。


「じゃあ、男女混合リレーに出たい人は挙手」


 秋葉の言葉で乃愛のあはピシッと手を上げる。慧斗は彼女の期待の眼差しを二度見して、震えながらゆっくりと上げた。

 この時、彼が死を覚悟したことは言うまでもない。何せリレーは体育祭の花形、速い奴しか出ることを許されないのだから。


「えっと、定員が四名で希望者が六名ね。男女それぞれでジャンケンしてもらえるかしら」

「あ、だったら僕は辞退に……」

冨樫とがし、俺らに気遣う必要はねぇぞ」

「やりたいことはやりたいってはっきり言える世の中じゃねぇとな」

「す、すごくいい事を言われたせいで断りづらい! というか、荒木さんが転校してきた日に僕に全ての罪を擦り付けた奴らの言葉とは思えない!」


 何はともあれ、ここまで来れば引き下がることは出来ない。乃愛からの期待の眼差しも背中に感じているのだから。


「仕方ない、やるか……」


 男三人の真剣勝負。拳を握り締めて向かい合い、掛け声とともに腕を振り下ろす。

 この戦いはアイコを二十四回繰り返した末に、ようやく勝敗を決することとなった。


「……ま、負けた」


 心臓がはち切れそうな程に鼓動する展開を乗り越え、見事敗北を掴み取ったのは慧斗。

 そんな彼が「負けた、僕は負けたんだ!」と喜ぶ姿を見て、クラスメイトたちが悔しさでおかしくなったのだと噂したことはまた別のお話。

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