第45話 自慢する努力はかっこ悪いが、溢れる努力はかっこいい

 見知らぬ少女秋葉を助けた後、慧斗けいと乃愛のあの元へと戻ってボウリングを再開することにした。

 そこで待ち切れなくなったのか、ちょうど球を投げた彼女の姿をレーンに着く直前に見てしまうのだけれど……。

 そのフォームはまさに完璧。慧斗が教えたことの数段は上に行っていると言っても過言ではなく、スコアはもちろんストライク。

 彼が驚きながら駆け寄ると、見られていないと思っていたらしい乃愛は途端にアワアワと慌て始めた。


「あの、これは……」

荒木あらきさんすごいね! センスあるよ!」

「そ、そうですか? 偶然ですよ、偶然」

「そんなことないと思うけど。あれは普通にやって出来ることじゃない」


 乃愛は一を聞いて十を知るタイプなのだろう。そう信じて疑わない慧斗に、彼女はどこが引き攣ったような笑顔を浮べる。

 その様子を少し不思議に思いつつも、次のゲームに移ると元通りの腕前に戻ってしまった。

 本当にあれは見様見真似で起きた偶然だったのだろうか。それにしてはあまりに奇跡的な完成度なように思えたのだが――――――――。


「まあ、教えられるからこっちの方がいいか」


 手取り足取り指導してあげる立場の方が、家庭教師の恩返しを出来ている感もあるし、デートという名に相応しい気もする。

 何にせよ、お互い楽しいならそれでいい。慧斗はそう考えることにして、ただただ残りの時間を楽しむのであった。

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「久しぶりに運動した気がするよ」

「ふふ、そうですか?」


 時間は流れ、延長して5ゲーム目までしっかり投げ切った二人は靴を返却してお会計へと向かう。

 カウンターにいた店長と名札に刻まれた人に声を掛け、最初に貰ったレーン番号の書かれた札を渡すと、奥から今回の結果が書かれた紙を持って戻ってきてくれた。


「二名様5ゲームで3000円ね」

「安いですね」

「大型のボウリング場だと一人2000円はするからね。こういう小さいところが勝負するには、安さと人情しかないわけよ」


 店長さんのいうことはごもっともで、お世辞にも自分たちがいる間に沢山客が来たとも言えない。

 長くやるためには稼がないといけない。けれど、稼ぐためには安くして人を集めないといけない。

 そういう矛盾が、経営者たちを悩ませ続けているのだろうと慧斗は思った。


「ここは僕が払うよ……って、あれ?」


 いい所を見せようと振り返ってみると、いつの間にか乃愛の姿が見えない。

 そう言えば、来た時もカウンターに向かう時だけ姿を消していたような気がする。また御手洗なのだろうか、それとも……。

 そんなことを考えていると、店長さんが先程の結果用紙を指差しながら「このあらきさんって乃愛ちゃんのことだよね」と聞いてきた。


「もしかして彼氏さん?」

「いやいや、友達です。というか、荒木さんのことを知ってるんですか?」

「髪の長い綺麗な子だよね。最近よく見るし、愛想もいいからよく覚えてるよ」

「へえ、そうなんですね」

「もしかしたら、君にいいところを見せるために練習してたのかな。今回スコアが低いのは、緊張しちゃったからなのかねぇ」


 慧斗は「あ、店長が言ってたって告げ口しないでね?」と口元に人差し指を添える店長さんに頷いた後、代金を支払ってその場を離れる。

 それから乃愛を探しに行こうとしていると、どこからともなく彼女の方から現れてくれた。

 ボウリングは初めてだと言うのに、店長が覚えるほど会っているというのは何だか不自然だ。

 それに、あの口ぶりだと下見に来ただけではなく実際にプレイしたのだろう。今回の結果がおかしいと感じるほど高いスコアを出して。

 ただ、慧斗にはそれが悪い嘘だとは思えず、追求することなく建物を出ることにした。


「お会計終わったよ」

「すみません、急に腹痛が……」

「いいのいいの、気にしないで」

「おいくらでしたか?」

「男が一度払ったお金を女の子から取れると思う?」

「……ふふ、優しいですね」

「ただカッコつけたいだけだよ」


 もしも店長さんの言う通り、乃愛が練習しに何度も来ていたとすれば、彼女はこのデートの準備に何倍ものお金を使ったことになる。

 何故わざわざスコアを低くしたのかは分からずじまいではあるが、そんなことを聞くのはあまりにも野暮すぎるというもの。

 ここは黙って財布をしまっておけばいい。彼女が隠そうとしている努力も、知らないフリをして。


「次はどこに行こうか」

「カフェなんでどうです?」

「いいね、おすすめはある?」

「もちろんです♪」

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