第43話 コーチと生徒、それ以上でもそれ以下でもなく
靴選びとボール選びが終われば、次はお待ちかねの投球タイム。持ってきたボールをピンに向かって投げるのだ。
初めてだという
彼も上手い方では無いが、初心者に教えるには十分な程度の知識くらいなら持っていた。
昔、
勉強だけでなく、スポーツでも秋葉には勝てっこない。そもそも、向こうが張り合える相手になってもらうと張り切っただけで、勝負を始めた覚えは無かったのだけれど。
「慧斗さん、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。投げるから見ててね」
なるべく丁寧なフォームを意識しながら、一番ピンと三番ピンの間を狙って転がす。
残念ながら少しズレてしまったために8ピンしか倒せなかったが、二投目でスペアに抑えられたので良しとしよう。
「すごいです、慧斗さん!」
「そんなことないよ。本当はストライクを取って見せたかったんだけど……」
「十分かっこいいですよ♪」
「っ……そ、そう言って貰えると助かるよ」
高鳴る胸の鼓動を何度か深呼吸を挟んで落ち着かせる。次は乃愛の番だ、自分がしっかり見てあげなければならない。
あくまで教えるというのが今の目的なのだ。自分がいい格好を見せることばかりに集中していては、真剣な彼女に失礼だろう。
「えっと、こうして……こうですか?」
「初めてだからとりあえず真っ直ぐ転がすことを意識して。真っ直ぐ引いて、まっすぐ投げる」
「こうですね!」
「そうそう。ボールは放るんじゃなくて、送り出すように床に置く感じで」
「なるほどなるほど」
「離した後の手が、自然と当てたい場所に向かって伸びるように」
「さすが、教えるのが上手です!」
「乃愛先生には及ばないよ」
零斗の言葉に「またまた〜♪」と肘でツンツンとつついてきた彼女は、「慧斗コーチ」だなんてからかうような呼び方をしてくる。
「もう、やめてよ」
「慧斗さんだって先生って呼びましたよ?」
「それとこれとは別」
「別じゃありませんー」
「随分と調子のいい教え子だ」
「ひゃっ! えへへ、捕まっちゃいましたぁ♪」
指導だと言いながら両腕を掴みつつ、実際に投げる時の動きを教え始めた。
実践で出来ているのだから必要無い……なんてことはお互いに口にしない。
呼吸を止めればお互いの心音が聞こえてくるのではないかと思うほどに体が密着していて、もはや教えることの方がオマケになりつつあったけれど。
きっと乃愛も分かっているのだと思う。分かった上で素直に身を任せ、時折顔を振り向かせては照れたような微笑みを見せているのだ。
「それじゃあ、一緒に投げてみるよ?」
「はい!」
「3、2、1、離す」
その掛け声で彼女の手から放たれたボールは、一直線にピン目掛けて転がる。そして。
ガシャーン!
気持ちいいほど激しい音を立てた直後、頭上の画面に『ストライク』の文字が表示された。
慧斗もまだ取っていないというのに、初めてのボウリング、それも1ゲーム目で早速出してしまうとはさすが乃愛だ。
教えるのが上手な人は、教えられるのも上手いのかもしれない。センスの塊という言葉は、きっと彼女のためにあるものなのだろう。
「もう大丈夫そうだね」
「丁寧に教えていただいてありがとうございます」
「気にしないで。僕も教えの楽しかったし」
「ふふ、また教えてくださいね?」
「分からないことがあったらいつでも聞いて」
「分からないところがなくても、慧斗さんが教えたい時は教えてくれてもいいんですよ?」
「……え?」
言われている意味が分からなくて混乱していると、クスクスと笑った乃愛が「なんちゃってです」と微笑んで見せた。
一瞬、彼女の表情が小悪魔的に見えた気がしたが、きっと思い違いなのだろう。
彼女に限って、誘惑とも取れるような破廉恥な言動をするはずがないのだから。少なくとも慧斗が思い描いている乃愛像の中ではの話だが。
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