第42話 手と手、足と足

 乃愛のあが見つけておいてくれたボウリング場にやってきた慧斗けいとは、早速受付の方へと向かった。

 どうやらここはラウ○ドワンのような大型チェーン店的なやつではなく、個人がやっているタイプのボウリング場らしい。

 だからこそ、値段で勝負しているのだろう。乃愛の言う通り、確かに他の場所に比べて少しだけ安かった。


「お兄さん、いらっしゃい」

「二人で入れますか?」

「全然大丈夫だよ。今日はガラガラだからね」


 名札に店長と書かれた男の人の自虐ネタを笑ってスルーしつつ、受け取った用紙に記入しようとしたところで、乃愛の姿が見えないことに気が付いた。

 ついさっきまで横にいたはずなのだが、お手洗いに行きたいことを隠していたのだろうか。

 そうだとしたら聞くのも野暮なので、自分で分かるところは自分で書いてしまおう。

 慧斗は心の中でそう呟きつつ、名前の欄には『けいと』と『あらきさん』と書き込んだ。


「何ゲームがいいんだろう。初めてなら3ゲームくらいがちょうどいいのかな」


 混んでいなければ後から延長も出来るらしいのでとりあえず3と書き込み、不備がないことを確認してから店長さんに渡した。


「靴は好きなサイズを選んで持って行ってね」

「はい、ありがとうございます」


 これで手続きは完了。自分の靴は27cmだとして、乃愛の靴はどれがいいだろう。

 貸し出しカウンターの前で首を捻っていると、どこからともなく現れた彼女が「25cmですよ」と囁いてくれた。


「おかえり。25cmはこれかな」

「ありがとうございます。ふふ、並べてみると慧斗さんの足って大きいんですね」

「喜んでいいのか分からないね」

「手もこんなに大きいです。大は小を兼ねると言いますから、胸を張っちゃって下さい♪」


 お互いの手を重ね合わせながらにっこりと笑う彼女に、何とか顔がにやけてしまうのを堪える。

 靴だけならまだしも、不意打ちで手に触れてくるのはさすがに反則だ。

 乃愛の男心を擽る行動には、たまに計画的なのではないかと疑いたくなる完璧さがある。きっと、天然故の行動なのだろうけれど。


「レーンはどこですか?」

「7レーンだから真ん中だね」

「広くて音が響きますね。足音を鳴らすのも遠慮してしまいそうです」

「大丈夫だよ、みんな気にせずにすごい音鳴らしまくる場所だから」


 そんなことを話しつつ指定の席に荷物を置いて靴を履き替えた後、二人は早速ボール選びへと向かう。

 乃愛が初めてだと言うことなので、最初はあまり重くしない方がいいだろう。

 そういう考えで手始めに6と書かれた緑色のボールを渡してみると、「思っていたより軽いんですね」という言葉が漏れた。


「最初は投げ方から覚えて欲しいから、軽いくらいの方がいいと思う。穴に指は入る?」

「入ります!」

「軽い球だから、大きな穴のやつは置いてないみたいだね。荒木あらきさんの指が細くて良かったよ」

「えへへ、そうですか?」


 さっき重ね合わせた時にも思ったが、彼女は手の平が小さくて指が長い典型的な美人の手をしている。

 腐っても男の端くれである慧斗とは大違いで、こういうものを繊細と呼ぶのだろう。

 そんなことはさておき、自分も球を選んでからレーンに戻ると、先に帰っていた乃愛が天井に取り付けられた画面を見て笑っていた。

 面白いことでも書いてあったかと聞いてみると、どうやら名前の欄を指差していたようで。


「ふふ、慧斗さんは『けいと』なのに、どうして私は『あらきさん』なんですか」

「普段そう呼んでるから、かな?」

「だとしてもさん付けはいりませんよ」

「確かに。癖でつい……」

「慧斗さんらしいですね。じゃあ、せっかくなのでこの機会に変えちゃいますか?」

「変えるって何を?」

「呼び方を、です♪」


 少し意地悪な笑みを見せた彼女は、「乃愛って呼んでください」と顔を近付けてくる。

 突然の要求に思わず動揺してしまった慧斗は、もちろんすんなりと呼べるはずもなく……。


「こ、心の準備時間を下さい」

「仕方ありませんね」


 この場は何とか『あらきさん』のままで許してもらうのであった。

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