第41話 追跡者はゆく

 待ち合わせ場所である駅前広場の招かない猫像の前に到着すると、先に着いていた乃愛のあが小走りで駆け寄ってきてくれた。

 秋葉あきはに捕まってしまったからなのか、はたまたそうでは無いのか。先に待っている紳士作戦は失敗だ。


「ごめん、待った?」

「いえ、待っていませんよ」

「それなら良かった」

「ふふふ」

「どうかした?」

「何だか付き合いたてのカップルみたいなやり取りだと思ってしまって」

「……カップル」


 言われてみれば確かにそうで、照れと可愛さの不意打ちに思わず顔が熱くなる。

 乃愛はおそらくそれに気付いていながら、気を遣って茶化したりしなかったのだろう。

 さりげなく視線を逸らすと、「行きたいところの話なのですが」と話題を変えてくれた。


「考えてくれたんだ?」

「これでもかなり悩んだんですよ? でも、やっぱり初デートは初めてにチャレンジしたいなって」

「は、初めて……」


 その言葉にドキッとする。乃愛に限ってそんな大胆なことを言い出すはずは無いが、期待していないと言われれば嘘になる。

 彼は飛び出してしまいそうな下心をグッと押さえつけると、「ナニガシタイノ?」とたどたどしい口調で聞いた。


「えっと、球を転がすやつです!」

「玉を……ころがす……?」

「確か、コロコロってしてガシャーンとやってヤッターって喜ぶやつです!」

「ああ、ボウリングね」

「それですそれです! 私、ボウリングをしたことがないんです」

「そんな人居たんだ」

「父が過保護なもので……」


 確かにあの父親なら、危険がないとも言いきれないボウリング場に娘を行かせたがらないというのも想像出来る。

 重い球を足に落としたり、手を滑らせてしまったり、投げ方を間違えれば肩や腰を痛める恐れだってあるのだから。


「でも、今日はいいの?」

「それは……」

「もしかして嘘ついて来ちゃった?」

「……ダメ、ですよね」

「そんなことないよ。僕もボウリングしたい気分だったし、秘密にしておいてあげる」

「本当ですか?!」


 嬉しそうに肩を弾ませる彼女を見ていると、この光景だけで無償の優しさを提供し続けられる気がする。

 実際は彼女とのデートという報酬を受け続けているから、いくら施しても足りないくらいなのだけれど。


「それじゃあ、行こうか」

「はい!」

「ここがいいとか調べたりはした?」

「安くていいところ、見つけたんです。すぐ近くなのですが、そこでもいいですか?」

「もちろんだよ」


 手こそ繋ぎはしないものの、肩が時々触れるような距離で並んで歩き出す二人。

 そんな幸せそうな姿を、電柱の影からじっと見つめる人物がいた。そう、秋葉だ。


「やっぱりね」


 慧斗の言動から怪しさを感じ取り、サングラスと帽子で変装した彼女はここまでこっそりと跡をつけて来たのである。

 その先で得た乃愛とのデートという事実を、秋葉が大人しく見ていられるはずもない。

 だが、彼女は頭が回る人間だ。衝動を押さえ付けた理性は、ひとつの作戦を思いついた。


「そうよ。決定的瞬間を写真に収めれば、慧斗を揺する材料になるじゃない」


 手を繋ぐか、キスをするか、はたまた二人きりの状況でそれ以上の何かをするか。

 その時には自分の心にもダメージを負うことにはなるだろうが、今割り込むよりかはずっと効果的な案である。


「ふふふ、絶対に掴んでやるわ」


 一度燃え上がってしまった彼女の執念は留まるところを知らず、移動し始めた二人をまた密かに追跡するのであった。


「……はぁ、鬱陶しい女」

荒木あらきさん、何か言った?」

「いえ、楽しみだと言っただけです♪」

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