第40話 お出掛けするのも一苦労
待ちに待った土曜日。
何せ今日は
「……あと5分」
早く行き過ぎて楽しみだったことがバレるのも何だか恥ずかしいので、ちょうどいい頃合いに到着するように時間を決めた。
それまでようやくあと少しになったと鼓動が早まって来た頃、家の中にピーンポーンとインターホンの音が鳴り響く。
玄関にいるのでそのまま扉を開けると、そこに立っていたのは他でもない
今日は来るなんて話は聞いていないし、聞いたとしても断っているはず。それなのにどうして彼女がここにいるのだろうか。
「えっと、どうしたの?」
「暇だから一緒にお昼ご飯なんてどうかと思って。家庭教師代としておばさんにお小遣い貰っちゃったのよね」
「ああ、それは有難いんだけど……」
一瞬、乃愛とデートだからと言いかけて、慧斗は慌ててその言葉を腹の奥へ押し込む。
秋葉のことだ、そんな話を聞いたら自分も行くだなんて言い出すに決まっている。
彼女は慧斗が乃愛と仲良くするのを、色んな意味でよく思っていないはずだから。
「えっと、今日は大事な用があるからまた今度」
「大事な用って?」
「それはプライベートなことだからさ」
「分かった、えっちなDVDを借りに行くのね」
「ち、違うよ?! ていうか、人の家の前でそういうこと言うのやめて貰えない?!」
「その反応だと本当に違うみたいね。せっかくなら一緒に選んであげようと思ったのに」
「変なこと言わないでよ……」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる秋葉のペースに呑まれてしまいそうになって、彼は無意識に視線を逸らす。
その時にふと髪の隙間から覗く彼女の耳が真っ赤になっているのが見えて、実は余裕ぶっているだけなのだと気が付いた。
「もしかして、気を引こうとしてる?」
「そ、そんなわけないじゃない。あなたの趣味を暴いてやろうって思っただけよ」
「ふーん。じゃあ、今度一緒に行こうか」
「へっ?!」
「冗談だよ。いくら幼馴染でも、そこまでオープンにはならないって」
「そ、そうよね。当たり前よね……」
明らかに動揺しているのに、まだ平成を保とうとする彼女を心の中で微笑ましく思いつつ、チラッと腕時計を確認して「あっ」と声を漏らす。
いつの間にか出発時間を少し過ぎてしまっていた。今すぐに出発しなければ予定が狂ってしまう。
「悪いけど行かないとだから。話はまた今度ね」
「待って、私も行く」
「それはダメ」
「どうして?」
「……」
「ねえ、どうしてダメなの?」
強引に横を通り抜けようとしても、行く手を阻まれて捕まってしまった。
秋葉のこの目に見上げられると、どうにも口が緩くなってしまう。
いっそ本当のことを話して理解を得られるか試してみようか。そう決断する寸前まで心が解されてしまったほどに。
けれど、慧斗はギリギリのところで踏ん張ると、彼女の肩を掴んで右へ退けようと押す。
それに反発して左に踏ん張った瞬間、その力を利用して回転し、自分と秋葉の立ち位置を入れ替えた。
「それじゃ」
突然のことで何が起きたのか分からずにキョトンとしている彼女に背を向け、全速力で駅の方へと走り出す。
この時は追いかけて来る様子のない秋葉は諦めてくれたのだとばかり思っていた。
ただ、現実はそう甘くはない。少し後になって思い知ることとなる。
「あの慌て様、間違いなく女ね」
顎に手を当てながらそう呟いた彼女の執念が、一度撒いただけで途絶えるような浅いものでは無いということを。
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