第39話 言葉にしてもらえないと不安になる

慧斗けいとさん、慧斗さん!」


 テスト返しから一週間が経過した頃、帰りの支度を済ませた慧斗に興奮気味の乃愛のあが駆け寄ってきた。

 彼女は確か、先生に頼まれてテストの時の課題ノートを職員室へ取りに行っていたはず。

 それだけなら何のイベントでもないただのおつかいなのだが、どうやら帰って来る途中で男子二人組から声を掛けられたらしい。

 最初は運ぶのを手伝ってくれると言うので優しい人かと思ったものの、話を聞いているといつの間にか遊びに誘われていたんだとか。


「遊びに……?」

「はい。私と仲良くなりたいと言って頂けました」

「そっかそっか。それは良かったね」


 正直、そんなのダメだと止めに入りたい。男二人とお出かけだなんて、乃愛の心身の安全が保証できないから。

 彼女は転校生として目立っているだけでなく、容姿もかなり人気がある。ナンパまがいの行為をしてくる男子は少ないだろう。

 けれど優しい性格だから、ついつい話に耳を傾けてしまう。そして気が付けばお誘いまで受けてしまっているのだ。


「慧斗さん、私は行くべきですか?」

「どうして僕に聞くの? 大事なのは荒木あらきさんの気持ちだよ」

「……そう、ですよね」


 彼女の意見を尊重しようと涙腺を強引に締め付けながら口にした言葉だったのだが、何故かしゅんと悲しそうな顔になってしまう。


「どうしたの?」

「いえ、その……」


 乃愛は上目遣いでチラチラとこちらを見た後、両手の人差し指同士をツンツンと突き合わせながら「止めて欲しかったなぁ、なんて」と呟いた。

 こんなことを言われてしまえば、ただでさえ本心を押し殺していた慧斗の脳内は荒れに荒れる。

 だって、こんな表情を向けられたら誰だって『もしかして自分に気があるのでは?』と勘違いしてしまうのも無理は無いのだから。


「止めて欲しいって……つまり?」

「そこまで言わなきゃダメなんですか?」

「いや、ごめん。僕も本当は行って欲しくないかな」


 慧斗の本心を聞いた彼女は表情をパッと明るくすると、「嬉しいです!」と肩を揺らしながら手を握ってくる。


「お友達が他の人と仲良くしていると、置いていかれたような気持ちになりますからね!」

「そうそう、お友達が…………あれ?」

「共感して貰えて嬉しいです!」

「あ、う、うん。そうだね……」


 盛大に勘違いをかましてしまった慧斗は、込み上げてくる羞恥心を顔に出さないように深呼吸。

 完全にデレデレしてしまっていた自分を思い出すだけで、火力発電が出来るくらいに顔が熱くなってしまいそうだった。

 一方、作戦通りに思わせぶりな態度を取って見せられた乃愛はご満悦。赤くなった彼の耳を見るとニヤニヤが止まらない。


「慧斗さん、そこで提案があります」

「提案って?」

「私、お誘いを受けて思ったんです。これが慧斗さんだったら悩まないのになって」

「それはすごく嬉しいけど……」

「もし良ければ、私を遊びに誘って頂けません?」


 背中側で腕を組みながら、こちらを見上げてくる彼女の瞳からは期待と不安が見て取れる。

 普段好意的な返答をしていたとしても、実際に質問に対する答えを貰えないと安心できないのかもしれない。

 だったら、自分がすべきことは乃愛が一番笑顔になってくれる返事をすることだろう。


「じゃあ、次の休みに遊びに行かない?」

「ふふ、どうしましょう」

「この流れで断られることあるの?!」

「冗談です♪ 慧斗さんのお誘いなら、喜んで他の全ての予定をキャンセルしちゃいます」

「いや、それは僕が誘いを延期するよ」

「ダメです、楽しみすぎて集中出来ませんから」


 一切作りっ気のない純粋な笑顔でこんなことを言うのだからズルい。彼女のことを好きになるなという方が無理ゲーだ。


「ちょうどテスト勉強のお礼もしたかったからね。いい点だったからお小遣い増やして貰えたんだ」

「おお、それは良かったですね」

「僕が奢るから、土曜日までに行きたいところを考えておいてくれる?」

「奢るだなんてそんな、さすがに申し訳ないです」

「いいからいいから。あ、フレンチレストランとかは言わないでね? さすがに足りないから」


 冗談で口にした言葉にクスリと笑った乃愛は、「では、デートのお返しはレストランを予約しましょう」とスマホでメッセージを打ち始める。

 そんな姿にお礼が釣り合って無さすぎると焦る気持ちが、デートだと言って貰えた嬉しさによってかき消されてしまう慧斗であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る