第38話 猫を被って犬被らず
中間テストが終わり、生徒たちは皆勉強から開放されたことで表情も穏やかになった。
テスト期間は彼らにとって戦場、気を抜けば赤点という鉛玉をぶち込まれる危険な世界なのである。
普段赤点を取っている
「慧斗さん、おはようございます。何だか気分が良さそうですね?」
「分かる? やっぱり分かっちゃうか」
「ふふ、慧斗さんがニコニコしていると私まで嬉しくなっちゃいます」
「僕は
「そんな甘い言葉、誰にでもそういうこと言ってるんじゃないですかぁ?」
テンションの高い慧斗に釣られてノリノリになってきた
不満そうに眉間に皺を寄せた彼女が言うには、「朝からイチャつくんじゃないわよ」とのこと。
これを聞いた乃愛はハッとしたように顔を赤らめると、「そういうつもりじゃ……」なんて言いながら数歩離れてしまう。
慧斗にとっては完全にそういうつもりだったのだが、恥ずかしがっている可愛い姿が見れたので良しと納得しておいた。
「ていうか、まだそんな気味の悪い顔してたのね」
「気味の悪い顔とはなんだね、気味の悪い顔とは」
「昨晩からニヤつきっぱなしじゃない。慧斗、母親に点数を報告して褒められたから喜んでるのよ」
「へえ、そういうことだったのですか。随分と可愛らしい理由ですね」
「どこが可愛いのよ」
「別に
「……なんかムカつくわね」
生徒たちが穏やかになったと話したばかりだが、この二人に関しては少し違う。
テストで点数勝負をしてからと言うものの、お互いに向け合っている対抗心のようなものを包み隠さなくなったのだ。
慧斗からすれば何故そんなに争っているのかは分からないが、傍から見ていてもバチバチという音が聞こえてきそうな程に視線をぶつかり合わせる。
まるで自分は知らない因縁があるかのようにも思えるが、彼は考え過ぎだろうと心の中で首を横に振った。
秋葉は慧斗のことが好きで、その慧斗が好き相手が乃愛。負けたくなくてちょっかいを出し、乃愛はそれに触発されているだけ。
そういう構図を思い浮かべるのが一番しっくりくるので、現実もそうであるに違いない。
彼が勝手にそんな勘違いをしている最中、乃愛は他の人には見えないように後ろから秋葉の太ももを軽くつねる。
突然の刺激で体をぴくんと跳ねさせた彼女は、可愛らしい声が漏れた口を塞ぎながら仕返ししてやろうと詰め寄るが――――――――――。
「ちょっと、何やってるの。暴力はダメだよ」
秋葉が一方的に仕掛けたようにしか見えていない慧斗に止められ、説明するのも馬鹿らしくなって大きなため息をひとつ。
ヒーロー気取りの幼馴染に「ばーか」と吐き捨て、背中を向けて自分の席へと戻っていく。
「気が立ってるのかな、今日は余計なことしない方が良さそうかも。荒木さんも大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
被害者気取りの嘘吐きお嬢様は、ヒーローに頭を下げながら密かにニンマリ。
二人の間ではこういうズルい駆け引きが幾度となく行われているのだ。卑怯なことを嫌う秋葉が、いつも嵌められてばかりだけれど。
故に慧斗は勘違いを深めて行き、本当に守られるべきものを見つけられないまま今に至る。
「ふふふ、この調子なら楽勝ですね」
「ん? 何か言った?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
果たして、慧斗が乃愛の腹黒い部分を見破ることが出来る日は訪れるのだろうか。この問いの答えを知るものはまだ居ない。
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