第32話 優しさにお返し出来るもの
昨日は上手く撒いたつもりだったが、
「ほら、やっぱり元気そうじゃない」
お腹が痛いから部屋で寝ていると伝えた時には引いてくれたのだが、結局アポなしで部屋突撃されたことでバレてしまった。
背中に何かを隠したような気がしたけれど、言い訳された時用に動画でも残しておいたのだろうか。どこまでも抜かりない。
「い、今ちょっとマシだなって思ってたところなんだよ」
「30分前にも平気そうだったけど?」
「監視カメラ仕掛けられてる?!」
「違うわよ。カーテン開けっ放しなんだもの、私の部屋から丸見えなの」
「なんだ、そういうことか」
見られたらまずいことをしていなくて良かったと胸を撫で下ろしかけた
結局、嘘がバレてしまったのだ。なぜ見抜いた30分前に来なかったのかという謎は残るものの、勉強させられる未来に変わりはない。
「ほら、テスト勉強するわよ」
「嫌だね」
「慧斗のために言ってるのよ?」
「自分のためでしょ。母さんからの頼みを叶えるって目的のため」
「まあ、確かに自分のためでもあるわ。将来の旦那さんに留年なんてして欲しくないもの」
「誰が旦那さんだって? 僕は
「あの女はやめておきなさい、腹黒いんだから」
「荒木さんの悪口は秋葉でも許さないよ」
慧斗が強めの口調でそう言うと、彼女は瞳を揺らして「……ごめんなさい」と俯いてしまう。
いくら自分の方を見て欲しいからと言って、秋葉には他の人を蹴り落とすような人間になって欲しくなかった。
これでも彼女がいかに正しく生きる人間かを一番知っているのは慧斗自身だ。
怒ってもらっている内が花だと理解してはいるのだけれど、長年の習慣みたいなものになってしまって、今更素直に聞くに聞けない。
「秋葉は荒木さんのこと嫌い?」
「嫌いってわけじゃないけど。合わない相手だとは思ってるわ」
「それはどうして?」
「だって……」
彼女は何かを言いかけたが、言葉を詰まらせたように口を閉ざすと、「なんでもない」と視線を逸らしてしまった。
こんな反応をされたら逆に聞き出したくなってしまうものだが、それで口を割るようなら初めから隠してなどいないだろう。
慧斗が「そっか」とだけ呟いた後、しばらく互いに言葉を発さない無言の時間が流れた。
それが気まずかったのかもしれない。秋葉はお手洗い借りるわねとだけ伝えて立ち上がると、小走りで部屋を出て行ってしまう。
そんな彼女の背中を見送った後、ダラダラしてやろうと床に横になった時に気が付いた。
先程、背中に隠されて見えなかったものがそこに置きっぱなしになっていることに。
「これは……スーパーのレジ袋?」
一体何を買ってきたのかと確認してみると、中から出てきたのはチンするタイプのお粥だ。
どうしてこんなものを買ってきたのか疑問だったが、それもそのはずだ。自分は彼女に腹痛があるという嘘をついたのだから。
窓からこちらの様子を見てからの30分。それはきっと、これを買いに行っていた時間なのだろう。
嘘を見破っておきながら、『もしかしたら本当に?』と心配を拭い切れなかった結果の行動がこれだ。
……まったく。こんな幼馴染だから、どれだけ小言を言われようとも憎めない。
「仕方ない、やるか」
慧斗はそう呟くと、立ち上がって机の棚から問題集を取り出して机の上に広げた。
自分の嘘を信じてくれる相手に対して、恩を仇で返すようなことはしたくないのである。
もちろん、こんな気まぐれは今日限りになるかもしれないけれど。
「お待たせ……って、慧斗が勉強してる?!」
「僕だってやる時はやるよ。ねえ、ここ分からないんだけど教えてくれない?」
「……ふふ。ええ、いくらでも教えてあげる」
秋葉の嬉しそうな顔を見れただけで、足を攣りそうなくらい背伸びした分の見返りは貰えた気分になれるから満足なのだけれど。
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