第31話 逃げ道来た道帰り道

「ポスター、貼り終わりましたよ」


 写真部の部室に戻ると、うみ先輩はボロボロのソファーに腰掛けながら猫のぬいぐるみを優しく撫でていた。

 そんな光景をずっと見ていたくなるが、別にそれをしにここへ来た訳では無い。

 さすがに秋葉あきははもう帰っている頃だ。勉強地獄を回避するためなら、遠回りはこれくらいで十分なはず。

 そう思ってカバンを手に取ったのだけれど、先輩にじっと見つめられると出て行こうにも出て行けなかった。


「もう帰っちゃうんですか?」

「だって、活動は無いんですよね?」

「ありませんが、もう少しゆっくりしてもいいじゃありませんか」

「僕は自分の部屋じゃないと落ち着けないタイプなんです」

「では、次からは冨樫とがしくんの家を部室にしましょう。いい考えですよね!」

「全くもって悪い考えです。そもそも、僕は人数合わせのために参加してるだけなんですからね」

「それはそうですけど、他に部員いないじゃないですか。冨樫くんが来てくれないと、先輩寂しくて死んじゃいます」

「だったらそもそも部室に来なければいいですよ。どうせ、僕も滅多に来ませんし」

「その気まぐれが私に期待させるんです。来たのに開いてないなんてこと、先輩として許されません」


 フワフワして頼りない癖に、責任感だけは一人前にある。ある意味厄介な人だなと思いつつ、慧斗けいとは今度こそ帰ろうとカバンを持ち上げた。


「どうしても帰るなら、私も帰ります」

「ご自由にどうぞ」

「一緒に帰るんですよ。先輩は後輩の安全を守る義務がありますからね」

「心配し過ぎです。いつも通ってる通学路なんですから安全に決まってます」

「事故に巻き込まれる人は、みんな危険な目に遭う直前までそう考えているものです」


 海先輩は部室の奥にあったロッカーから『安全第一』と書かれたヘルメットを取り出すと、自分と慧斗に被せて顎紐をカチリ。

 これで少しは安心だとばかりに頷いて見せるが、こんなものを被って下校したらしばらくは地域の笑い者だ。

 そんなことになるのはごめんだと外すと、彼女は悲しそうな顔をしながらそれを片付けた。


「先輩はいつも大袈裟なんですよ」

「……だって、大事な後輩なんです。守りたいと思うのはおかしなことですか?」

「別にそうは言ってないですけど、そもそも僕たちってそこまで親しくないですし」

「私はそうは思いませんよ。だって、一人じゃ廃部だって言われた時に、唯一助けてくれたのが冨樫くんだったんですから」

「それは強引に連れ込まれて……」

「本当に嫌だったら、振り払うことも出来ましたよね? どうしてそうしなかったんですか?」

「……先輩が美人だったから」

「ふふ、素直なところも好きですよ」


 先輩はニッコリと笑いながら慧斗の頭を撫でると、「ヘルメットがあったらこれも出来ませんね」なんて言いながら自分の被っていたものも片付ける。


「もし、冨樫くんにとって私が都合のいい人間だったとしても、それでいいと思えるくらいにこの部を助けてくれたことに感謝しています」

「前から聞いてますけど、どうして写真部にこだわるんですか?」

「前から言ってますけど、それはまだ秘密です」

「勿体ぶらないで下さいよ」

「だって、んですよね?」

「うっ……」


 自分の使った言葉に攻撃されるとは思っていなかった慧斗がたじろぐと、海先輩はクスクスと笑いながら「いつかは話してあげます」とカバンを肩にかける。

 もう一緒に帰る気満々なのだろう。こうなったら拒絶する方が面倒なので、仕方なく並んで部室を後にすることにした。


「そうだ。冨樫くん、中間テストの後にある体育祭で写真部も撮影担当になることを忘れないで下さいね」

「大丈夫です。一応部員ですから、そこをサボったりはしませんよ」

「ふふ、いい作品を期待していますよ」

「あまりプレッシャーかけないで下さい」


 そんな会話をしつつ歩く帰路。先輩との時間もそれほど居心地悪くはないな、なんて思う慧斗であった。

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