第30話 風ときどきポスター

「そろそろ中間テストに向けて準備するように」


 今日のHRホームルームは、先生のそんな言葉を最後に終わった。

 なるべく考えないようにしていたのだが、やはり時間というのは止まってくれない。

 刻一刻と迫るテスト日がついに一週間を切ったことで、クラスメイトたちは『勉強を始める者』『既にしていた者』『余裕をこいている者』に別れて混沌を極めていた。

 ちなみに、慧斗けいとは焦りを感じてはいるものの、それを娯楽に溺れることで無視するタイプである。

 もちろん、そんなことを許さない人物が光らせている目が、彼の愚行を見逃すはずもないのだけれど。


「今年こそはいい点取ってもらうわよ」

「あ、明日から頑張ろうかな……」

「前もそう言って結局しなかったじゃない!」


 襟を掴まれ、そのまま引きずられるようにして連行される慧斗。

 そんな彼が廊下へと連れ出されたその時、見知った顔が驚いたような顔をして足を止めた。


冨樫とがしくん、どうしたんですか?!」

うみ先輩……」


 彼女はみぞれうみ先輩。慧斗たちよりもひとつ上の三年生だ。

 どうして先輩と知り合いなのかと言うと、それは海先輩が慧斗の所属している写真部の部員だからである。

 所属していると言っても、半ば強引に連れ込まれただけなのだけれど。


「僕のことよりも、先輩こそどうしたんですか。こっちに来るなんて珍しいですね」

「冨樫くんを探してたんです。ちょっと問題が発生してしまって……」

「問題とは?」

「部で撮影した写真が数枚見当たらないんです。生徒の顔が写っていますし、無くしたとなれば今度こそ廃部に……」

「それは一大事ですね、探しに行きましょう」


 彼はそう言って歩き出そうとするが、秋葉あきはが握ったままの襟で首を絞められてよろけてしまう。

 振り返ってみれば彼女は何やら怪しむような目をしていたが、焦る先輩の様子に深いため息をひとつ零すと離してくれた。


「今日だけよ。私のせいで廃部なんてことになったら、きっとそれをネタに色んなことから逃げられるでしょうから」

「そんなことしないよ。でも、ありがとう」


 秋葉にお礼を告げ、早く早くと急かす先輩を追って慧斗も走り出す。

 目指すは写真部の部室。そこで消えてしまった写真を見つけ――――――――――。


「ふぅ、上手く行きましたね」

「危ないところでしたよ」


 ――――――る必要は無い。

 だって、探さなくてはならない写真なんてどこにも無いのだから。

 そもそもの話、慧斗にとって写真部はかつて人数不足で廃部になりかけたところを、泣き付かれて渋々入ってあげただけの部。

 助けに駆けつけるほどの思い入れも無ければ、元より写真を無くした程度で罰を受けるほど大きな部ですらない。

 そんなことを全く知らない秋葉は、部に入る条件として『困った時は助ける』という口約束を結んでいる先輩の言葉をあっさりと信じたのである。


「前もって先輩にお願いしておいて助かりましたよ。秋葉のことだから、今日あたりに勉強勉強と言ってくると思ってたので」

「お役に立てたなら良かったです。ところで冨樫くん、ひとつ頼まれてくれませんか?」

「また勧誘のポスターですか?」

「はい!」


 約束があってこそ、海先輩には働いてもらっているが、慧斗だって人の心がない訳では無い。

 さすがにされてばかりでは悪いので、前に何かしてほしいことは無いかと聞いたことがある。

 その時に頼まれたのが、写真部が部員を募集しているという貼り紙を数枚貼ること。

 あの頃はこれだけでいいのかと驚いたが、今となってはその意味を理解出来ているので素直にポスターを受け取る。

 というのも、先輩が貼ったポスターは何故か数分で剥がれて飛んで行ってしまうのである。それが風のないはずの屋内であっても同じ。

 きっと誰も入れるなというお告げなのだろうが、先輩としてはほぼ同好会状態の部を盛り上げようと頑張っているのだ。

 助けて貰った身としては、それを手伝わないという選択肢は存在しない。


「それじゃあ、いつも通り貼ってきますね」

「お願いします!」


 何度貼っても、結局は誰も入ってくれないのだけれど。

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