第28話 なんでもいいはなんでも良くない

 夕暮れ時、もう眠気もないということで秋葉あきはの買い出しに付き合うことにした。

 付き合うことにしたと言うよりかは、ゴロゴロしているなら来なさいと耳を引っ張られて言うことを聞くしか無かったのだけれど。


「今日は何か食べたいものある?」

「なんでもいいかな」

「それが一番困るの。何か案を出して」

「肉じゃが」

「この前作ったからダメ」

「ハンバーグ」

「今日は気分じゃないからダメ」

「唐揚げ」

「揚げるの面倒臭いからダメ」

「……」


 案を出せと言うから三つも考えたと言うのに、どれもこれとダメダメダメ。

 だったら何のために提案させたのかという文句は、晩御飯抜きにされることを危惧して腹の奥で堪えておく。

 その代わり、逆に秋葉の要望を聞いてみることにした。それなら文句もないだろうから。


「秋葉は何食べたいの?」

「私? そうね、慧斗けいとを……いえ、やっぱり何でもないわ」

「僕を食べたいってどういうこと?」

「いいから忘れて。ちょっと言ってみたかっただけだから」

「……?」


 よく分からないが、このまま深堀したらずっとそっぽを向かれたままな気がしたので、とりあえず頭の片隅に置いて話題を変える。

 彼女に人間を食べる趣味はないだろうし、ちょっとしたジョークなのだろう。もし本気だとしても、食べる時はじっくりコトコト煮込むのは勘弁してもらいたい。


「鍋はどう?」

「お鍋ね。片付けが面倒なのよ、重いから」

「それは僕がやるよ」

「私より非力なくせに?」

「本気出してないだけ」

「鍋の出し入れに本気出す男も、それはそれでおかしいと思うけれど」

「嫌いになる?」

「馬鹿言わないで。尚更大好きよ」


 秋葉は軽くハグをしてから、「片付けしなくていいなら楽ちんよね」と早速材料を集めに行く。

 買い物に着いてくることは滅多にないし、来たとしても自分で買うのは出来上がったお惣菜やお弁当ばかり。

 そんな慧斗は知らなかったが、最近は野菜の値段が上がっていて困っているらしい。

 だったらそんなに食べない自分の分を減らしてくれてもいいと言ったのだが、それではダメだと拒否されてしまった。


「栄養はちゃんと取らないと。ダラダラしてても体は大きいのよ、気付かないうちに足りなくなってるものがあるかもしれないじゃない」

「そういうものかな」

「大事な体なんだから。私がちゃんと管理してあげてる内は、そんな失態は犯さないけれど」


 言葉にこそしないが彼女の目が言っていた。『他の女の元へ行ったら、こんなことしてくれるか分からないぞ』と。

 何が何でも自分の元へ引き止めたいのだろう。自分はそんな好意を利用して、今日まで美味しいご飯にありついてきたわけだ。

 我ながら嫌な人間だが、そうしているのが一番安全だということも事実。

 秋葉の言う通り、できあいのものばかり食べていては体を壊してしまうだろうから。


「でも、料理が出来ないのも問題よね。私に何か起こらないとも限らないし」

「縁起でもないこと言わないでよ」

「私が居なくなったら悲しい?」

「それはもちろん」

「だったら居なくならないわ。車に撥ねられても死んであげない」

「金○先生じゃないんだから」

「そういう気持ちってことよ」


 彼女はそう言って意地悪な笑みを浮かべるが、慧斗は勝負をしているだけで消えてなくなって欲しいから告白を拒んでいる訳では無い。

 死ぬなんてことは冗談でも言って欲しくないものの、秋葉なら本当に死ななそうで逆に安心させられた。


「それはさておき、そこの大根取って」

「ええ、秋葉の方が近いよ」

「取らないと呪う」

「……どうぞ」


 同時に、死んでも化けて出そうな怖さも感じて、へっぴり腰で大根と人参を献上する慧斗であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る