第27話 人間、想像力には抗えない

 慧斗けいとが目を覚ましたのは、昼を過ぎた頃。慌てて体をチェックするが、何かされたような形跡はない。

 ホッと胸を撫で下ろした後、ベッドから降りて立ち上がると、ちょうど秋葉あきはがお盆を持って部屋にやってきた。


「あら、起きたのね」

「うん。あれ、クマは……?」

「何の話かしら」


 気絶する前、確かに彼女の目の下は黒くなっていたはず。それなのに、今は何も無かったかのように綺麗になっているではないか。

 もしかするとあれも夢の中の出来事なのではと思ったが、落とす落とされないの勝負の話は本当らしいので多分現実だ。

 秋葉もしばらく眠っていたのだろうか。その割には部屋が掃除されているような気がするのだけれど。


「熱があるわけじゃないみたいだけど、一応食べやすいものを用意したわ」

「ありがとう。秋葉のおかゆ、久しぶりだ」

「変なもの入れたりしてないから安心して」

「疑ってなかったけど急に心配になった」


 手渡されたお茶碗をじっと見つめる慧斗に、秋葉は自分が先に一口食べて「ほら」と安全を証明してくれる。

 そのせいでスプーンを使われてしまったが、幼馴染なのだからその程度は気にしない。

 むしろ、食べ始めた後の隠し切れていない彼女の表情の方が気になるほどだ。


「どうしたの、変な顔して」

「私の作ったものを食べてくれて嬉しいのよ」

「いつも食べてると思うけど」

「あと、間接キスしちゃってるし……」

「珍しいことでもない」

「誰と間接キスしてるのよ!」

「だから秋葉とだって」


 珍しくないという言葉をてっきり色んな人とし慣れていると勘違いしたらしい。

 誤解が解けると彼女は「そうよね、慧斗だもの」と納得したようだったが、それはそれで何だか腑に落ちないが黙っておいた。


「……ところで、本当に何も入れてない?」

「どうしてそんなこと聞くのよ」

「前より美味しい気がする」

「私だって上達してるの」

「美味しいと錯覚させる薬でも盛られたか」

「上達、してるのよ?」

「……そのとうひでごらひまふ」


 頬を抓られ、大人しくその通りだと認める慧斗。確かにお粥に限らず、秋葉の作るご飯は昔よりも美味しくなっている。

 それに不思議と懐かしい足がするのだ。まるで母親の味付けを真似ているような―――――。


「あれ、なんだか眠く……」

「ふふふ、実はこっそり睡眠薬を混ぜておいたのよ。すぐに眠気に抗えなくなるわ」

「いつの間にそんなものを? うぅ、今にも寝ちゃいそう。でも、だったら秋葉はどうして平気なの?」

「それはね、全部嘘だからよ」

「…………あれ、眠くなくなったかも」

「その代わりに痺れ薬を入れてあるわ」

「か、体が動かない!」

「嘘よ」

「…………動く」

「思い込みって怖いわよね」


 どうせ嘘だと分かっていても、いざ何か言われるとそんな気がしてくる。

 人間の想像力の恐ろしさを感じつつ、慧斗はその後も何度か騙されながら、ようやくお粥をいっぱい食べ終えた頃には満腹感を覚えていた。


「さて、私は食洗機を回してくるわ。その間ゆっくり休んでおくのよ」

「分かってるよ」


 お盆に乗せたお茶碗を持って出ていく背中を見送り、彼は天井を見上げて膨れた腹を撫でながらうつらうつら。

 秋葉に落とされるわけが無いなんて言っておきながら、何だかんだ世話になりっぱなしだ。これでは何を言っても説得力がない。

 けれど、今の関係になれてしまっているとなかなか抜け出せそうにないのも事実。

 乃愛のあに求愛をするのなら、早めに断ち切らなくてはならないだろう。

 そんなことを考えていると、ふと少し綺麗になった気がする自室のことが頭に浮かんできた。

 よく観察した訳では無いが、本棚の見栄えが少し変わっていたような気がするのだ。


「……ちょっと待った」


 嫌な予感を覚え、慌ててベッドから飛び降りる。本棚に駆け寄って確かめてみれば、やっぱり思った通りだった。


「慧斗、やることないから一緒に居ても……」

「秋葉。勝手に人の部屋を物色したでしょ!」

「……何のことかしら」


 視線を逸らしながら頬をポリポリと搔く仕草を見るに間違いない。

 本棚の奥に隠してあった幼馴染系のアダルティな漫画を、あろうことか去年の終業式の日に校長先生が配った真面目な小説二冊の間に配置換えした犯人は彼女だ。

 これは許されざる行為である。もしも知らずに乃愛を家に招いていたりしたら、どんな大変なことになったことか。

 考えるだけでも寒気がする。極悪非道、人間の心を失ってしまった者の行いだ。


「許せない!」

「許せないのは私の方よ! 本物の幼馴染がいながら、そんな男のために作られたような可愛いキャラクターに鼻の下を伸ばして!」

「え、あれ、僕の方が立場が……」

「どうしていつもそうなの。幼馴染キャラがいいなら私に手を出せばいいじゃない、不満があるなら頑張って変わるわよ!」

「…………ごめんなさい」


 結局、幼馴染系の漫画は全て紐で括られて捨てられてしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る