第25話 湯けむりでも隠せない気持ち
あれから目隠しはそのままで先にお湯に入るように言われた
「あの、秋葉さん?」
「何かしら」
「このお風呂ってそんなに狭かったっけ。すごくくっつかれてる気がするんだけど」
「あら、私たちも成長してるのよ。お風呂が小さく感じるのは普通のことだわ」
「そういうものだったかな……」
確かに視界を奪われて記憶の中にあるお風呂の光景を宛にするしかないが、それでもどれくらいの広さだったかくらいは分かる。
高校生二人が入るには狭いことは確かではあるものの、ここまで密着するほどでは無い。
少なくとも、秋葉の背中が慧斗の胸にもたれ掛かり、素肌同士が時折擦れ合うなんてことは普通に入れば有り得ないのだ。
「秋葉、不満があるなら謝るよ。だからこういう方法で仕返しするのはやめてくれない?」
「不満? それなら確かにあるけど、別にそれが理由じゃないわよ」
「じゃあどうして?」
「絶対に言わない」
「言ってくれないと分からない」
「……」
「…………」
目は見えないが無言の視線を感じたのかもしれない。彼女は深いため息をついた後、「少し目を閉じてて」と伝えて顔にかけていたタオルを取る。
それから自分の体に巻いてしっかりと隠すと、「もういいわよ」と言われて開いた慧斗の目を真っ直ぐに見つめた。
「どうしたの、全身真っ赤だよ?!」
「うっさい。少し逆上せただけよ」
「それならすぐに上がらないと……」
慌てて連れ出そうとする彼の手を振り払い、代わりに両頬に手を添えて視線を逸らさせないように捕まえる。
伝えたい言葉が喉の上の方へ上ってくる度、頭がクラクラするほどに熱くなる。けれど、きっと伝えられる勢いがあるのは今だけだ。
「私、慧斗にもっと見て欲しいの!」
「……見てるよ?」
「そうじゃなくて、昔みたいに仲良くしたいっていうか、もっと親しくなりたいっていうか……」
「十分仲良いと思ってたんだけど。違ったんだ」
「だからそういうことじゃないの」
秋葉は悔しそうな声を漏らしながら彼の頬を両側からむにむにとしたかと思えば、今度はつまんで伸ばし始める。
どうやらご立腹らしい。彼女にしては随分と可愛らしい怒り方だが。
「そうよ、遠回しに言おうとするのが良くないのよね。鈍感にはちゃんと伝えないと」
「鈍感とは酷い言われようだ」
「本当のことでしょ。だから、私がこんなにも苦戦してるんじゃない」
「苦戦って何のこと?」
「……一度しか言わないからよく聞きなさい」
深呼吸を二回、三回と繰り返し、落ち着いた胸に手を当てて気合いを注入。
もう一度肺の中の空気を全て吐き出してから、今度は大きく吸い込んで―――――。
「慧斗、私を一人の女の子として見て!」
――――――言った。ついに言ったのだ。
これまで胸の中に溜まっていた
ずっと続いていた心地の悪さの正体はこれで合っていたのだ。そう理解出来て、何だかものすごくホッとした。
同時に、なかなか開かれない彼の口を見て募る不安は生まれたけれど。
「えっと、つまりどういうこと?」
「女として見てってそのままの意味よ。二度も言わせないで」
「要するに?」
「…………す、すすす……すk……」
壊れた機械のように『す』を連呼し始めた秋葉は、何とか言葉を絞り出そうとするがもう一文字が出てこない。
あまりに酷い有様なせいで「とりあえず落ち着こうか」と背中を撫でてあげようとした瞬間、ここぞとばかりに胸の中へ飛び込んできた。そして。
「……え」
唇に柔らかい感触を覚えた直後、湯の音でかき消されそうな声で「すき」とだけ呟いて風呂場から飛び出して行った。
「秋葉が僕のことを……?」
残された慧斗はただ、揺れる水面を見つめながら今聞かされたことを必死に整理しようとするも、熱に負けて真っ白になってしまうのであった。
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