第24話 背中を流し、過去も流す。思い出話は流るるが如し

「じゃあ、洗うね」


 そう言いながら体を洗う用のタオルを取ろうとすると、その手を秋葉あきはに止められてしまった。

 彼女が言うには素手で洗って欲しいとの事だが、いくらなんでもそれは少しまずい。


「普段はもうひとつ、ふわふわのタオルがあるの。だけどこの前破れちゃって……」

「秋葉ってそんなに繊細だったっけ」

「最近摩擦が肌に良くないって聞くじゃない。どうせなら綺麗でいたいでしょ?」

「気持ちは分からなくもない」


 こだわっているというのなら、変に水を差すようなことはするべきじゃない。

 慧斗けいとはタオルを取るのをやめると、代わりに直接手のひらにボディソープを出して両手で伸ばした。


「触るよ?」

「ええ、お願い」


 まずは上からと肩に手を乗せると、冷たかったのか少しビクッと体が跳ねた。

 ごめんと中断しようかとも思ったが、彼女が続けてと言うのでそのまま肩を撫でるようにして洗い続ける。

 上から下へ、そして下まで行ったらまた上から下へ。触れ直す度、くすぐったそうに体をよじる様子がちょっぴり面白い。


「何というか、最近は秋葉の意外なところをよく知れるようになった気がするよ」

「それを言えば慧斗の方こそ、デレデレばっかりしちゃって。女の子に興味なんてありませんって顔してたくせに」

「別に僕はそんな……」

「隠そうとしたって無駄なんだから。幼馴染の察知力を舐めるんじゃないわよ」


 鏡越しにドヤっという顔を見せる彼女に、慧斗は思わず笑を零してしまって、「それもそうか」と照れ隠しをやめた。

 秋葉は母親のように口出しをしてくる面倒臭い相手ではあるが、それでも信頼出来る人間だ。

 自分の望みのためなら脅しまでするということには驚いたが、それもきっと幼馴染という関係の積み重ねがあってこそ。

 その程度の可愛いわがままくらい、聞いてあげなければ色々と世話を焼いて貰っていることのバチが当たるというもの。

 まあ、この混浴である程度許されたと信じたい。


「僕は荒木あらきさんのことを……」

「はいはい。私から言い出しておいて何だけど、熱い話はまた後にしましょう。のぼせちゃったらせっかくの時間がもったいないもの」

「……あ、うん」

「ほら、次はタオルの下を洗ってもらおうかしら」

「ほぇ? ちょ、何脱ごうとしてるの?!」


 あわあわとする慧斗をからかうようにゆっくりと白い防御壁の結び目を外した彼女は、見るまいと目を閉じている彼の顔に被せた。

 それからしっかりと後ろ側で結んで取れないようにすると、再び元の場所へ腰を下ろして言う。


「これで見えないでしょ。ちゃんと洗って」

「いや、見えないと余計に洗えないんだけど」

「私が指示するから従えばいいの」


 なるほど、その手があったかと頷いた慧斗は、早速言われた通り手のひらにボディソープを追加して背中を撫で始めた。


「そうそう。女の子の体は優しく扱うのよ」

「分かってるよ」

「あ、ちょっと。そこはお尻よ、変態」

「見えないんだから仕方ないでしょ。ちゃんと危なくなる前に止めてよ」

「止めたらあなたに罪悪感を与えられないじゃない」

「……本当にこの指示、信用していいのかな」


 不安でしかないがやるという選択肢以外選べるものは無い。渋々次は腕を洗い始めた。

 秋葉は細い方だと思うが、それでも女の子の体だと分かるくらいすべすべで柔らかい。

 まるでマシュマロを洗っているみたいだなんてことを考えていたら、ついついお腹が鳴ってしまった。


「私を洗いながらお腹を空かせるなんて、どういうつもりなのかしら」

「……気のせいじゃないかな」

「そう言えばあなたが聞いていたASMR音声、私も調べて聞いてみたわ。なかなかいいわね、あれ」

「さ、左様でございますか」

「何だったかしら。『あなたのお耳、食べちゃいたい』だったかしらね」

「うっ」

「……今の場面だと、食べられるのは私の方?」

「秋葉さん? 何だか声が近いような……」


 腕があったはずの場所を触ろうとするが、動かした手は空を撫でるだけ。

 いつの間にか彼女の声は耳元で囁かれていて、見えないのをいいことに体を密着させてくる。


「ふふ、今は捲るスカートもないわね」

「イタズラはやめてよ。抵抗出来ないんだから」

「出来ない? 好都合じゃない」


 怪しい笑い声と共に導かれた慧斗は、気が付けば何かに座らされていた。おそらく秋葉が先程まで座っていたイスだ。

 視界はタオルで覆われたまま、「後は自分でやるわ。その代わり、私があなたを洗ってあげる」なんて言いながら背中にツーっと指先を滑らせる。


「っ……」

「大丈夫よ、優しく扱ってあげるから」

「優しくするならもう許して……」

「……許してあげれるなら、初めからこんなことしてないわよ」


 右耳にかかるのは湯気の熱か、それとも幼馴染の吐息か。その真偽は分からないが、逃げ道なんてどこにもないと言うことだけは確かだった。

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