第23話 裸の付き合いは心も一肌脱がせる

 シャーというシャワーの音が響く浴室。それぞれタオルで体を隠してはいるものの、無言でいると妙に気まずい。

 かと言って話そうにも頭が真っ白で、パクパクと動かした口からは言葉ではなく空気が漏れるだけだった。


「随分と固くなってるわね」

「へ?」

「か、体の話よ? 変な妄想してると殴るから」

「この状況で妄想するなって方がおかしい」

「それは文句があるということかしら」

「……滅相もない」


 出てくる水が適温のお湯になったことを確認した慧斗けいとは、ひと声掛けてからそっと秋葉あきはの背中を流し始める。

 昔は一緒に入ることだってあったのだ。お互い成長してはいるものの、彼女に特別な感情なんて少しもない。

 幼馴染とのお風呂、ただそれだけ。何度も何度も心の中で繰り返し、ギリギリのところで理性を保つ。

 時折浮かんでくる『肌綺麗だな』とか、『すべすべしてる』なんて考えをあっち行けするだけでもうてんやわんやだった。


「もっとちゃんと洗って」

「洗ってるよ」

「どうしてそんなに手つきが慎重なのよ。普段は私のこと雑に扱うくせに」

「……ごめん」

「謝られると責めてるこっちが悪いみたいじゃない。こういうことを言われたくないなら、いつも私を大事にすることね」

「感謝はしてるよ。でも、秋葉相手だと色々疎かにしちゃってるかもしれない」

「ふーん、随分と素直ね」


 にんまりと笑いながら「これも裸の付き合い効果かしら?」なんて鏡越しに見つめてくる彼女に、慧斗は「そうかも」とだけ返してシャワーヘッドを少し上に上げる。


「髪、濡らすよ」

「ええ、お願い」


 旋毛つむじの辺りからお湯が伝い始めると、彼女はギュッと目を瞑って少し下を向く。

 そんな様子を見て一旦洗うのを止めた彼は、気になったことを聞いてみることにした。


「もしかして、まだ目開けれないの?」

「べ、別にいいでしょ」

「それはそうだけど……」


 秋葉は幼い頃はシャワーヘッドが外せない子で、何度か練習したものの目に水が入ることに対する恐怖心が拭えないままだったのだ。

 さすがに高校生にもなれば変わっているかと思っていたが、恥ずかしそうに視線を逸らす様子を見る限り相変わらずらしい。

 慧斗が一番驚いたのは彼女が変わっていないことではなく、変わらない姿に安心すると同時に、それを可愛いと感じている自分がいたことの方なのだけれど。


「何よ、馬鹿にしたいならすれば」

「そんなことしないって。あの頃のことが懐かしいなって思っちゃっただけ」

「本当にそれだけ?」

「それだけ。ほら、目瞑ってていいから洗うよ」


 秋葉は「見えないからって変なことしたら……」なんてことを言いつつも、シャワーを出すとすぐに大人しく瞼を下ろす。

 一通り濡らした後は言われた通り髪の水分を少し絞り、適量のシャンプーを手に出してわしゃわしゃと泡立て始めた。


「あ、これいいわね」

「そう?」

「人に洗ってもらうのってどうしてこんなに気持ちいいのかしら」

「痒いところはありませんか? なんちゃって」

「ふふ、毎日頼みたくなっちゃう」

「それは勘弁して……」

「冗談よ。私だって毎晩そうやって嫌がられてたら心が折れるもの」

「……ごめん」

「だから、すぐに謝らない。最近の慧斗には張り合いってものが無いわね」

「ごめん」

「わざとやってるでしょ」


 バレたかと笑う慧斗に頬を膨らませた彼女は、こちらを振り返ってジトッと目を細める。

 そんな視線と見つめ合うこと数秒。お互い何を話すべきか分からなくなって、ついつい目を逸らした先にあった物を無意識に注視してしまった。

 秋葉はその視線に気が付くと、すぐに胸元を自分の手で隠しながら「……変態」と呟く。

 そんなつもりは全くもって無かったのだが、視界の中心に捉えてしまったことは事実。

 湯気の熱にやられたのか、それとも恥じらいのせいなのか。赤くなった彼女の肌と、自分もきっと同じ色になっている。


「……な、流そうか」

「……そ、そうね」


 気まずさとも違う妙な空気に、二人がシャンプーを洗い流して身体を洗う準備ができるまで一言も喋らなかったことは言うまでもない。

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