第22話 幼馴染イベントはやはり起こる

 スカートめくりの代わりである秋葉あきはからのお願いというのは、今晩は一緒に寝て欲しいという内容だった。

 なんでも少し前に怖い映画を見てしまったようで、それから暗くして眠れなくなったからか眠りが浅いんだとか。

 果たして我が幼馴染はそういうタイプだったかと首を傾げてしまうが、お願いを超えて命令と化したこの言葉を拒むことなど出来ない。

 慧斗けいとは余計な抵抗などせずに大人しく首を縦に振ると、彼女の後をRPGの仲間のように着いて行った。


「あ、そうそう。お風呂も怖いから一緒に入ってもらうわよ」

「了解……って、はぁ?! いくらなんでも限度ってものがある!」

「断るの?」


 反射的に拒絶を口にすると、秋葉は用意していたのかと疑うレベルでスマホの画面を見せつけてくる。

 そこには何故か今日の昼寝前に撮影された自分の女装姿が映っていた。全て消させたはずだと言うのに、まさかクラウドに保存していたのだろうか。


「私が握ってる弱みは何もASMRのことだけじゃないのよ。従うなら素直にそうした方が傷は浅くて済むと思うけど」


 向こうの意思は固いらしい。淡々とそう告げながら、ゆっくりとどこかへ転送しようという操作を始めていた。

 しかし、慧斗にも超えてはいけないラインというものがある。いや、むしろASMRはそうならないための予防策だったのかもしれない。

 現実の幼馴染で変な妄想をするだなんて、バレなくても一生引きずる黒歴史。

 だったら誰かの作り出した理想の幼馴染で留めておくのが正解に決まっている。

 それに、今回の拒絶は身勝手なものじゃない。秋葉のことを思っているからこそ、ここまで言われても尚引かないのだ。


「僕は秋葉を大切な幼馴染だと思ってるよ。だから、こんなことで傷つけたくないというか……」

「どうして私が傷付くの?」

「だって、一緒にお風呂なんて何が起こるか分からないし……」

「そんな理由ならさっさと入るわよ」

「なんでそうなるの」


 彼女は慧斗の言葉に深いため息を零すと、人差し指で額の中心を突きながら言う。


「言ったじゃない、私は慧斗より強いって。守られるほど弱くないわ」

「じゃあ、もし変な気を起こしても何とか出来るってこと?」

「変な気を起こす可能性があるのね」

「……いや、例えばの話で……」

「ふふ、余計に入りたくなってきた」


 何だか秋葉の様子がおかしい。帰り道で変なことを言ってしまったせいだろうか。

 もはや彼に拒む隙など残されておらず、気が付けばお風呂場に連れ込まれていた。

 一人でお風呂に入るのが怖いなんて可愛らしいことを言っていた人の速さではない。


「あ、秋葉さん? 他のことならなんでもするから、これだけは勘弁して貰えませんかね?」

「だーめ。知ってるでしょ? 私がこれと決めたらやり通す主義なの」

「……まあ、知ってるけど」


 秋葉は昔からそうだ。今のようなハキハキとした性格になる前、まだ女の子女の子していた小さい頃だって固い意思のようなものは持っていた。

 だからこそ、ギャル化した彼女を見た時も意外と驚かなかったのだ。むしろ、以前自分が読んでいたギャル漫画のキャラとそっくりなことの方に驚いたほど。


「だったら早く脱ぎなさい」

「せ、せめて別々に脱ごう? 僕が後からはいるから先に準備してて、ね?」

「それだと逃げるから却下。私が出ていてあげるから、あなたが先に入りなさい」

「……はぃ」


 あっさりと優しさという建前を引き剥がされ、作戦を見破られてしまった慧斗は、しゅんとしながら退室する秋葉の背中を見送る。

 試しにそっと扉を開けてみたが、すぐ目の前に立っていた彼女に睨まれて震えながら閉じることとなった。


『あと一分で入るわよ、早くしなさい』

「分かったよ……」


 結局、彼は従う他に道はなく、せめてもの抵抗として巻いたタオルを、彼女も巻いていてくれたことに安堵のため息を零すのであった。

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