第15話 黒歴史 それも己が 足跡か
コスプレ
確かに少し調子に乗りすぎた感はあったが、誰かに公開する訳でもないと言うのに、強制的に消すなんてのは酷い。
そう思って思わず「自分だってノリノリになってたくせに」と呟いたら、思いっきりつま先を踏まれてしまった。
歩く度にまだジンジンとする。傷になっていないといいけれど……。
「慧斗さん、
「カラオケまであるなんて、どこまで充実してるのよ。もはや商業施設じゃない」
「防音室なので大声で歌っても迷惑になりません。せっかくなので一曲どうですかと言いたいところなのですが……」
「何か問題があるの?」
「実は今、機械が故障していて使えないんです。ですので、またの機会にお願いしますね」
彼女はそう言って申し訳なさそうな顔をするが、歌が得意では無い慧斗からすれば正直助かった。
いくら優しい
むしろ、ニコニコしていたら無理に褒めさせているという罪悪感でこの部屋から飛び出したくなるだろうから。
「何よ、だったらただ音の篭もる箱じゃない」
「急に不機嫌になったね。秋葉ってそんなにカラオケが好きだったっけ?」
「別にそんなことはないけど……」
「楠木さんの歌、いつか聞いてみたいです!」
「……ま、機会があったらね」
満更でもなさそうな様子の秋葉に二人はクスリと笑いつつ、カラオケルームを出て廊下の方へ。
乃愛が「紹介ばかりだといけませんね、次を最後にしましょう」と連れて行ってくれたのは、これまた音の響きがいい場所だった。
「ここが私がいつも使っているお風呂です。庶民の皆さんが使っているものより少し大きいでしょうか」
「少しの基準バグってるわね。こんなの、お風呂というより大浴場じゃない」
「楠木さんのお宅ではこれが普通で無いのですか?」
「当たり前でしょ?! この浴槽、何人入れるのよ」
「もう、他人様とお風呂だなんて破廉恥なことを」
「どうしてそこの感覚はちゃんとあるの……?」
お嬢様というのは知識に偏りがあるらしい。きっとスカートめくりばかりしてきた慧斗と違って、穢れなきその手で穢れたワードを検索したことなんてないのだろう。
乃愛は将来、同じように大きなお風呂のある家で育った男性と結婚して、常識的なお風呂の広さを知ることの無いまま生きていく。
きっとそれを不便に思うことは無い。無いのだろうけど、慧斗は無性にそれが嫌だった。
好意を寄せる一人の男として、彼女の知らないことを教えてあげたい。世界を広げて、少しでも長く自分をその中に留まらせたい。
そう思えば思うほど気持ちが強くなって行って、気が付けば彼は乃愛の目の前に立って両手を包み込むように握っていた。
「
言い終えてから言葉が足りていないことに気が付いたが、慌てて修正しようとするももう遅い。
「それは駆け落ちということですか?!」
「いや、そういう意味じゃ……」
「でしたら嫁入りでしょうか。まだ出会ったばかりだと言うのに、慧斗さんは積極的な殿方ですね」
「違うよ。僕は一緒にお風呂を――――――――」
「二人でお風呂に?! さすがにそれは気が早いです! あ、今のは嫌という訳ではなくてですね。少しばかり段階が足りないかもなんて……」
両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、照れているのか頬を赤く染める彼女。
そんな姿を見たら、喉奥にまで出かけた言葉を抑えることなんて出来ない。
場所がお風呂という点はマイナスポイントかもしれないが、思い切って告白をしてやる!
「荒木さん、僕は君のことが―――――――――」
「ま、私は何度も慧斗と一緒に入ったけどね」
「―――――――――あの、秋葉さん?」
「何よ」
「今すごく大事なことを言おうとしてたんだけど」
「どうせ『水着でいいから一緒にお風呂に入ろう』とかでしょ。このド変態、女の敵、エロザル」
「……地味にダメージ入るなぁ」
「慧斗ったら、私がお風呂で溺れないか心配だってずっと抱きついてきてたのよ」
「ふふふ、随分と可愛らしい幼少期ですね」
「秋葉さん、その話はやめて欲しいなー」
「その癖して、体洗いながらこっそりおしっこしてたのはどこの誰だったかしら」
「慧斗さんがですか? それはすごく意外です」
「……ああ、死にそう」
「そう言えば、『おしっこが混ざったら赤ちゃんが出来るのかな』なんてことも言ってたわよね」
「……死んだわ」
好きな人に幼馴染の口から黒歴史を暴露され続ける地獄に耐え切れず、慧斗は奇声を発しながら浴槽の中へと飛び込んだ。
すぐに引き上げられたものの精神的ショックは大きかったようで、張られていたのが水であったこともあり、しばらく震えが止まらなかったことはまた別のお話。
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