第10話 争いはまた別の災いを産むこともある

 乃愛のあの目的は何も秋葉あきはに過去の復讐をすることだけでは無い。

 慧斗けいとが自分の正体に気が付き、かつての『こんやくしょ』を効力のあるものにする。つまり、彼との交際までが計画だ。

 のそのそとしている秋葉が相手なら焦る必要も無いとは思っているが、余裕は見せても油断はしないが彼女の信条。

 何より秋葉を倒しても慧斗に嫌われてしまってはお終いだ。腹黒い部分は絶対に見せないようにしなくては。


「へえ、荒木あらきさんってあのお屋敷に住んでるのね。さすがお嬢様だわ」

「そんなことありませんよ。庶民の方の家も、温かみがあって素敵だと思います」


 見せないようにしなくてはならないと言うのに、荒木さんの顔を見るとどうしてもイラッとしてしまう。

 乃愛はそんなことを思いながら、慧斗には見えない机の下で向かいに座る彼女と蹴り合いをしていた。

 最初に蹴ってきたのは向こうだ。あれは当たってしまったと言うような力ではあったが。

 慧斗と二人きりになれるはずの時間を邪魔されてイラついていた矢先のコツンは、乃愛の中の糸を一本ちぎってしまったのである。


「ところで慧斗、ちゃんと今日の宿題はやってきたの?」

「もちろんだよ」

「珍しく偉いじゃない」


 秋葉がニコニコしながら「えらいえらい」と頭を撫でてくると、それに対抗するように乃愛も「えらいですえらいです」と頭を撫でてくる。

 いつもの幼馴染じゃない手と、優しい片思い中の相手の手に触られて複雑な心境の慧斗。

 そんなことも気にせず、二人の行動は燃え上がる対抗心によってどんどんとエスカレートし始めていた。


「慧斗さん、次のお休みは私の家に遊びに来ませんか?」

「え、いいの?」

「次の休みは私の家に遊びに来なさいよ」

「秋葉の家はいつでも行けるからなぁ」

「りんごジュース用意しとくから」

「……」

「100%のやつを!」

「じゃあ、行こうかな」


 大好物のりんごジュースに見事釣り上げられた慧斗に、乃愛はネットでりんごジュースを検索してすぐに注文ボタンを押す。

 そしてその画面を見せながら、「私も用意しておきますよ」と胸を張った。庶民には少しお高めのやつだ。


「そっちのジュースの方がいいかも」

「なっ?!」

「それに秋葉の家なら休みじゃなくてもいいし。せっかく遊びに行くなら荒木さんの家だよね」

「そうでしょうそうでしょう♪」


 確信した勝利に満足げな笑みを浮かべる彼女に、秋葉は両頬を膨れさせながらそっぽを向いてしまう。

 よくよく考えてみれば、慧斗は気を遣ってジュースの質で負けたように言ってくれているだけで、本当は来たくないのではないか。そんな風に思えてきた。

 何せ、幼馴染と言えど夜中に部屋に侵入して、スカートをめくれなんてことを言ったような人間を信用するはずがない。

 家に行ったらまた同じことをさせられるか、もしくは幼馴染音声の件で脅されるかの二択。

 そんなことを思われていてもおかしくない立場なわけで、張り合うのが阿呆らしい。


「だったらいいわ。二人で楽しんで」

「ええ、秋葉は来ないの?」

「……は?」


 思わず本気の問い返しが出てしまった。慧斗は強めの口調にも全く動じず、真っ直ぐな目でこちらを見つめている。

 冗談や建前などでは無い、純粋に一緒に行くものだと思っていた目だ。


「いや、でも、荒木さんが嫌だろうし……」

「私は別に構いませんよ。ですから」


 乃愛の視線が『合わせろ』と言っているような気がして、秋葉も慌てて首を縦に振る。

 ついつい忘れそうになるが、自分が慧斗に隠しているのと同じように、彼女も仲が悪いことを隠しているのだ。

 ここで仲良しに見えた方が自分にとって都合がいいとの判断をしたのだろう。

 その結果、家にライバルが来ることになっても特に影響は無いと。そうタカをくくっているのである


「そうよね、友達に遠慮する必要ないわよね」

「ぜひ遊びに来てください」

「それなら慧斗と一緒に行かせてもらうわ」

「タノシミニシテマスー」

「コチラコソー」


 心のこもっていない二人の会話をウンウンと嬉しそうに聞いている彼の姿に、彼女たちが心の中で『この鈍感』と呟いたことは言うまでもない。

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