第9話 恋も物語も脈がないと進まない
ある日の昼休み、
彼女が何か言ってくることは珍しくないし、幼馴染なのだから普通と言えば普通。
ただ、それは生活の事だったり夕食のことだったり、何か用事があるからこそであって、今のようにただ隣に座って見つめてくる時間は珍しい。
……なんと言うか、とても気まずい気分だ。
「あの、秋葉さん?」
「どうしたの、慧斗」
「用がないならここにいなくてもいいんだよ?」
「私がここにいると嫌なの?」
「そういうわけじゃないけど……」
今日の秋葉はどこか大人しいというか、見た目は同じまま中身が昔の彼女に戻ったような感じがする。
すぐに怒らないし、手を上げないし、どうでもいい話もニコニコしながら聞いてくれる。
それはもう、慧斗が理想としている幼馴染像をコピーアンドペーストしたかの如く完璧で。
「あのさ、今から言うことは本心じゃないから怒らないで」
「分かったわ」
「えっと、秋葉の馬鹿……」
「私なんて、そう言われても仕方ないわよね」
「……いつもの秋葉じゃない」
普段なら馬鹿よ馬の字を口にするよりも早く右ストレートが飛んできていたはず。
そんなことにならずにホッとしていることは事実だし、本当にお淑やかな性格になってくれたのなら嬉しいまである。
ただ、人間はそう簡単に変わらない。ダイエットを決意しても甘いものを見れば折れてしまうし、反省したつもりでも同じミスをすることだってあるだろう。
たった一晩でこんなにも性格が反転するなんてことは、絶対に普通ではない。理由があると考えるべきだ。
例えば、やけに帰ってくるのが遅かった昨日の放課後。その間に何かが変わりたいと思う出来事が起きたなんて筋書きがしっくり来るだろうか。
放課後の学校と優しくなった秋葉、この二つの情報を繋ぎ合わせて導き出せる答え。その有力候補が慧斗の頭の中には自然と浮かんできた。
「分かった、さては彼氏が出来たんだね」
「……は?」
「やけにニヤニヤしてるなと思ってたんだよ。僕に自慢したかったからか。いいよ、聞いてあげる」
「……それ、本気で言ってる?」
「他に何かあるの?」
あまりに的ハズレな答えに秋葉は思わず拳を握り締めたが、数回の深呼吸をして何とか落ち着かせた。
このキョトンとした顔を見てしまったら怒る気になんてなれないし、何より少し嬉しそうな顔を見せられたことが胸にグサリと来る。
それはつまり幼馴染として祝福する気持ちがあるということで、同時に脈がないということでもあるから。
別に秋葉は
けれど、あれから慧斗のことを意識してしまって仕方がないことは事実だった。
「もしかしてメイク変えた?」
「変えてないし、そもそもしてない」
「じゃあ、髪切った?」
「切ってない」
「じゃあ、爪の方かな」
「……逆にどうしてそれは気付くのよ」
鈍感なのか察しがいいのか分からない彼に頭を抱え、深いため息を吐きながら机に突っ伏してしまう彼女。
乃愛が職員室に行っている間に何かアクションを起こせるかと思っていたが、やはりこの短時間で何かをするのは無理だったようだ。
「秋葉、幼馴染なんだから悩みがあるなら言ってよ? 本当は彼氏がいるなら、そっちに相談すべきだと思うけど」
「……居ないし作る気もないわよ」
教室に戻ってきた乃愛を見て、足早に友人たちの方へと移動する秋葉。
彼女は自分が座っていた場所に座るライバル(仮)と、そのライバルに対してあからさまにデレデレする幼馴染を流し目で見る。
「私、なんのために高校デビューしたのよ……」
そんな切ない独り言は、誰の耳にも届かず教室の騒がしい空気の中へ溶けて消えた。
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