第6話 ハッタリは賭けと勇気の応酬

 寝る前に『幼馴染に耳フーされる音声』を聞いていることがバレてしまった慧斗けいとは、その秘密を握っている秋葉あきはの前に正座させられていた。


「何でも頼みなよ、どうせ断れないんだから」

「潔いのは関心ね。でも、そんな嫌そうな顔されるのは心外だわ」

「そりゃ、嫌そうな顔になるよ。秋葉のことだから、痛いことをやらせるに決まってるし」

「私をなんだと思ってるのよ、まったく」


 彼女は「酷い言われようだわ」とため息をつきながら歩み寄ってくると、慧斗の顔スレスレにスカートが来る位置で止まる。

 それから目を丸くしている彼に高揚したように赤らむ頬を見せつけ、荒くなる息を何とか抑えて命令を口にした。


「スカートをめくりなさい」


 その言葉に「…………は?」と少し考えてからやっぱり分からないと首を傾げる慧斗。

 それもそのはず。彼の視点からして秋葉はスカートめくりを嫌がっていたはずで、それを本人からやらされるなんて夢にも思っていないのだから。

 きっと聞き間違いに違いない。もはやそうであれと拝むが如く両手を重ねながら聞き返すも、やはり帰ってきた答えは「めくりなさい」だった。


「待って待って、なんでそんなことさせるの?」

「命令なんだから理由なんてどうでもいいじゃない」

「どうでも良くないって。秋葉、熱でもあるの?」

「私は正常な判断をしてるわよ。その上でやれって言ってるの、いつもしてたんだから簡単でしょ?」

「それはそうかもしれないけど……」


 様子のおかしい幼馴染に見下ろされているのは怖いし、面倒だからさっさと済ませてしまおう。

 そう思って彼はスカートに手を伸ばそうとしたが、ふと乃愛のあの笑顔が脳裏を過って手を止める。

 彼女は紳士な男だと言ってくれた。それを現実にするためにスカートめくりをしない決意を固めたと言うのに、こんな訳の分からないことで崩されたくはない。

 そんな覚悟とも怒りとも取れる感情が、胸の奥底から湧き上がってきたのだ。だから。


「断る」

「ど、どうして?」

「僕は荒木あらきさんに好かれたいんだ。そのために態度を改めようとしてるのに、下らないことで邪魔しないでよ」

「下らないことってなによ! 私はあなたがスカートをめくらなくなってから、ずっとそのことで頭がいっぱいになってるって言うのに……」

「だったら他の人にしてもらえばいいじゃん。秋葉のスカートをめくりたい男なんて五万といるよ」

「そんな変態みたいなこと出来るか!」

「人の部屋に夜這いしに来て何言ってるの」


 秋葉は彼の言葉で自分の今の立場を理解させられる。弱みを握って主導権を奪ったような振る舞いをしていたが、それも一時的な話だ。

 こんな時間に眠っているであろう男の部屋に忍び込んでいる時点で、それが泥棒だ夜這いだと言われても仕方がないのである。

 慧斗が弱みを握られているのと同じで、秋葉は自身がここにいること自体が弱み。かと言って逃げてしまえば、明日から会話すら出来なくなりそうだ。

 引くことが出来ないなら押して押して押しまくる。そういう性格の彼女は、思い切ってハッタリをかまして見ることにした。


「実は私、荒木さんと連絡先を交換したの。今すぐに音声の件を伝えることも出来るのよ?」

「なっ?! でも、彼女はずっと僕と一緒にいたはず。いつの間にそんなことを……」

「トイレで偶然会ったのよ。せっかくだから情報交換ようにってね」


 そう言いながら画面を操作する振りをすると、スマホを耳に当ててしばらく待機。

 頃合いに応答があったかのような演技をすると、「実は話があるのよ」と慧斗の方を見てにんまりと笑う。

 長年の付き合い故にそれが演技であることを薄々勘づいてはいたものの、予感が的はずれである可能性も否めないことは事実。

 彼は無謀な賭けに出るようなタイプではない。ここでどの選択を選ぶことがもっとも安全かは、火を見るよりも明らかだった。


「…………」


 無言のまま秋葉を見上げ、両手を上げて降参のポーズ。これをさせてしまえば後は彼女の独壇場。


「言うことを聞いてくれるのね?」

「聞きます」

「あなたならそう言うと思っていたわ。だけど、ブタに対してフォールドするのは慎重よりもマヌケと呼ぶべきかもしれないわね」


 秋葉が見せたスマホの画面に映っていたのは通話画面などではなく、録音をしていることを示す赤い丸と時間表示だけ。

 やはり連絡先の交換なんてしていないという予想は当たっていたが、彼女の方が慧斗よりも一枚上手だったらしい。


「さて、言質は取ったわよ。約束通りめくってもらおうじゃないの」


 逃げ道を奪ったことで大人しくなった彼を、秋葉が意地悪な笑みを浮かべながら見下ろしていたちょうどその頃。

 とある御屋敷の一室で飾られた一枚の写真を眺めていた人物もまた、怪しい笑みでそこに写るの顔を見つめているのであった。


「ふふふ、そろそろ何かが動いている頃ですね」

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