第4話 好奇心に値札は付かない

 乃愛のあが転校してきてから今日で五日目。彼女と慧斗けいとは順調に仲を深めているようで、四日目までは昼休みや放課後を使って学校内を案内してあげているようだった。

 今日の昼休みは二人でひとつの机を使った昼食。教室で食べる姿を見るのは三回目だろうか。

 乃愛の容姿が整っているだけに、クラス内でも羨ましそうな目や嫉妬する目が飛び交っているが本人たちは気にしていないらしい。


「噂で聞いたけど、荒木あらきさんの家ってしばらく人の気配がなかったあのお屋敷なんだって?」

「よくご存知で。さては慧斗さん、私のこと調べたりしちゃいました?」

「もう、からかわないでよ……。色んな人が話してたから、多分みんな知ってると思う」

「そうなんですね。慧斗さんはやっぱり、普通のお家の方が好きですか?」

「落ち着くのはそうだろうね。でも、大きな部屋でのんびりってのも憧れるかな」

「ですよねですよね!」


 乃愛の親はどこかの社長さんらしく、人気がなかったとは言え、何年間もあれだけのお屋敷と敷地を維持出来るほどの財力があるらしい。

 おそらく定期的に庭の手入れや掃除をする人を派遣していたのだろう。いつ必要になっても住めるようにしていたからこそ、彼女が戻ってくるのも難しく無かったはずだ。

 そんな乃愛は慧斗とは逆に一般人の生活に興味があるようで、話を聞いては彼女の自室と比べて目をキラキラとさせている。

 何度も「庶民的です!」と言われるのは少し引っかかるが、悪気があるわけではないことは分かっているので笑って流しておいた。


「三時のおやつはやっぱり三連プリンですか?」

「三連プリンって、あの三つセットになってる?」

「ですです! 以前家庭教師をして頂いていた方から聞きました、あれが庶民のおやつであると」

「僕はそんなに買わないけどね。一人暮らしだからさ、買うとしてもひとつで十分かな」

「なるほどなるほど」

「ちなみに、どうして三連なのか知ってる?」

「いえ、知りません」

「あれが発売された当初、お父さんはプリンを食べないものとして考えられてたからだよ。お母さんと兄弟の三人分ってこと」

「なるほど!」


 乃愛は聞いた話をメモに書き込みながら満足げに頷くと、ペンを置いてお弁当の中身を口へ運ぶ。

 チラッと何を書いたのか覗いてみたら、『お父様が可哀想』と書いてあった。確かにそうではあるが、メモするのはそこじゃない。


「慧斗さんは一人暮らしと言われていましたが、兄弟姉妹はいらっしゃいますか?」

「妹がいるけど、中学でもう留学してるよ。親が過保護で、二人ともその付き添いに行ってる」

「だから一人暮らしなんですね。寂しいですか?」

「そうでもないよ。秋葉あきは……は分かる? 僕の幼馴染なんだけど」

「以前、体調が悪そうにされていた方ですよね」

「そうそう。秋葉が様子を見たり、ご飯作りに来てくれたりするからさ」

「仲がいいのですね」


 乃愛が「まさか……?」と言いながら茶化すように手でハートを作って見せると、慧斗は「ないないない!」と大袈裟に首を横に振って否定した。

 そんな様子を見ていたのだろう。どこからともなく現れた秋葉は握り締めた右手でゴツンと彼の頭を殴った後、その手を払いつつ「こっちこそ願い下げよ」と膨れっ面を見せる。


「私の悪口なんて言っていいのかしら。隠してあげてた小テストの件、おばさんに話すわよ?」

「話せるものなら話してみなよ。こっちこそ、花瓶割ったこと秘密にしてあげてるのに」

「あれは慧斗がぶつかったからでしょう?! 口答えするなら二度とご飯作ってあげないから」

「別に秋葉を頼らなくてもいいし」

「週五でコンビニ弁当と私のおすそ分け食べてるくせによく言うわ。体壊されたら私が怒られるの、作らせなさいよ」

「そこまで言うなら仕方ない」

「何が仕方ないですって?」

「……あ、有り難き幸せでございます」

「うむ、よろしい」


 喧嘩腰から一変してヘコヘコし始める慧斗の様子に、クスクスと楽しそうに笑う乃愛。

 しかし、その視線がほんの一瞬秋葉のものと交わった時、僅かに冷たい何かを放ったことを彼は知る由もなかった。

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