第2話 ジェントルマンはスカートめくりをしない

「すみません、私のせいで怒られてしまって」

「気にしないで。荒木あらきさんが無事で良かった」


 職員室からの帰り道。誤解を解きに駆け付けてくれた乃愛のあと一緒に廊下を歩いていた慧斗けいとは、彼女の横顔を見ながら内心ガッツポーズをしていた。

 腕を掴んだ時は気持ちが先走ってしまって何も考えていなかったが、何だかんだこうして二人で話せる時間を手に入れられたのだ。

 裏切り者であるクラスメイトたちにも、少しは感謝してもいいかもしれない。


「優しいんですね。えっと……」

「そう言えば、名前言ってなかったね。僕の名前は冨樫とがし 慧斗けいとだよ」

「冨樫 慧斗さんですね。学校に来てちゃんとお話した最初の方ですし、せっかくなので名前で呼んでもいいですか?」

「ぜひぜひ!」

「じゃあ、慧斗さんで♪」

「ぐふっ……」


 嬉しそうに緩んだ口元を手で隠しながら呼んでくれる彼女の姿に、慧斗はみぞおちを殴られたような衝撃を受けてその場に膝をつく。

 慌てて「大丈夫ですか?!」と背中を擦ってくれる手のひらの感触さえ、彼の胸を苦しくなるほどに締め付けてきた。


「大丈夫大丈夫、荒木さんと話すのが楽しくてさ。教室に戻るのが遅くなればいいのに、なんて体が抵抗してるだけだから」

「まあ……嬉しいことを言ってくれるんですね」

「転校初日に男からこんなことを言われたら、さすがに気持ち悪いかな?」

「いえいえ。慧斗さんのように紳士な方でしたら、その言葉に嘘なんてないと分かりますから」


 そう口にする彼女の言葉にも嘘偽りは無いようで、この会話をお互いに楽しめていることが伝わってくる。

 けれど、先程までよりも強く胸が締め付けられるのはどうしてなのだろうか。その理由を慧斗自身はよく分かっていた。

 彼は昨日まで毎日欠かさず、まるでルーティンかの如く幼馴染である楠木くすのき 秋葉あきはのスカートをめくっていたのだ。

 そんな女子の敵とも言える存在を、何も知らない彼女は『紳士』と評価してくれている。

 純粋に信用しようとしてくれている相手を騙しているような気がして心が痛かった。

 スカートをめくるような穢れた心と手で彼女の清らかな肌に触れたことの重大さに、今になって気が付いてしまったのである。


「私、心に決めた人がいるって言いましたよね」

「……あ、そうだね。言ってたかな」

「子供の時の話ですけど、その人も慧斗さんと同じですごく紳士で優しい方でした。私、そういう人が大好きなんです」

「へえ、そうなんだ……」


 慧斗は思った。スカートめくりをしていると知ったら、乃愛はきっと紳士な人がする行為じゃないと思うだろうと。

 自分の過去の過ちは変えられない。けれど、これからの生き方なら努力で変えられる。

 別にスカートめくりをしなければ死んでしまう訳でもないし、高校生になってからは特に意味もなくやっていたことだ。辞めるのは難しくないはず。

 一目惚れした相手に意中の相手がいたとしても、嫌われていい理由にはならない。むしろ、好きになってもらいたいと燃えるまである。

 そのためなら、他の誰に何と思われようと変わって見せる。そういう強い覚悟が彼の中に生まれた。


「そうだ、さっきなりたい委員を考えておいてって先生に言われてたよね」

「はい。でも、どんな委員があるのか分からなかったので考える時間をいただきました」

「だったら、アルバム委員にならない?」

「アルバム委員ですか、聞いたことないですね」

「僕たちはまだ二年生だけど、卒業アルバムには三年分の写真が掲載でしょ? そのための写真をイベントの時とかに撮る役割を担うんだ」

「なるほど。慧斗さんはアルバム委員ですか?」

「もちろん」


 大きく頷いて見せる慧斗に、乃愛はパッと表情を明るくさせながら「私もアルバム委員になります!」と答えてくれる。

 控えめに言ってものすごく嬉しい。人手が増えることもそうだが、何より彼女と過ごす時間を作る理由が出来たことが嬉しかった。


「実はアルバム委員は三人いるんだけど、そのうちの二人が生徒会と風紀委員に入っちゃってね。イベントごとの時、その二人は別の仕事をしないといけなくなったんだ」

「ということは、慧斗さん一人ということですか?」

「うん。だから荒木さんが入ってくれると助かるよ」

「……えへへ、頼りにされちゃいますね」


 やる気MAXだと言わんばかりに両手を握り締める彼女に、慧斗が表情には出さないまま心の中で『可愛い』を連呼していたことは彼だけの秘密。

 その後、教室に戻った乃愛が慧斗を「友達第一号です!」なんて紹介したことで少々荒れるのだけれど、それはまた別のお話。

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