第1話 転校生と質問
黒板に名前を書き、ぺこりとお辞儀をした彼女が垂れた髪を耳にかける姿を見た瞬間、心臓を矢で刺されたような衝撃を受けた。
「
そう自己紹介する彼女はいわゆる清楚な女の子で、仕草のひとつひとつに品を感じる。
揺れる度に目を引く綺麗な黒色のロングヘアー。チョークでさえ折れることを恐れそうな細くて綺麗な白い指。
声だって鳥も止まり木から離れられなくなりそうなほどに美しい。これを聞けば、夏の
……これが一目惚れと言うやつなのだろうか。
「父の仕事の都合で離れていましたが、最近元々住んでいたこの街に帰ってきました。色々と風景が変わっているので、良かったら案内して下さい」
乃愛がにっこりと笑えば、数名の男子が胸を押えて机に突っ伏す。あの笑顔を自分にも向けて貰えないものだろうか。
そんなことを思っていると、担任の
これこそ、誰もが待ち侘びたチャンスだ。聞くとすればアレ以外に他ならない。
「はい、構いませんよ」
「それじゃあ誰か……お、早いな。
「今付き合ってる人っていますか!」
「残念ながらいません、えへへ……」
照れたように人差し指で頬をかく仕草に、教室内は一気に盛り上がりを見せる。
男子生徒の中には「俺が立候補しちゃおうかな!」「お前には無理だろ」なんて言っている不届き者もちらほらといた。
そんな男たちは、彼女が口にした次の言葉で一斉に撃沈することになる。
「でも、心に決めている人はいます」
「「「「「…………」」」」」
「もう何年も会えていませんが、この街にいればいつかは再会出来ると思うんです」
「「「「「…………」」」」」
「先生! 早川くんが息をしていません!」
「こっちの三人も!」
「
あまりのショックで気を失っていた男子生徒数名は、先生の「起きないと内申点ゼロにするからな」という言葉で何とか息を吹き返す。
全員で三途の川の傍らに立って、迎えに来る船を待っている景色が見えたような気がした。
……ところで、一人既に船で連れていかれる背中を見たのだけれど。あれは誰だったのだろう。
「先生、
「朱莉は妄想癖があるからな。さしずめ荒木と誰かをカップリングでもして、それが破局したのが相当ショックだったんだろう」
美里先生はそう言いながらピクリとも動かない彼女を軽々と持ち上げたかと思えば、「一時間目は自習だ、静かにな」と教室を出ていく。
しかし、そんな言いつけを守れないのが転校生を前にした高校生。扉がピシャリと閉じた瞬間、何人もの生徒が乃愛の周りに群がった。
「ねえねえ、RINEやってる?」
「ら、らいんですか……?」
「一緒に写真撮ろうよ」
「え、あ、あの……」
「荒木、野球やろうぜ!」
「野球はあまりやった事がなくて……」
口々に飛ばされる質問に、乃愛はあわあわとしながらも丁寧に受け答えをしていく。
慧斗はそんな姿を見て健気でいい子だなと好きという感情が強くなると同時に、これ以上無理をさせたくないと思った。
だから、一番後ろの席から立ち上がって
「無理しちゃダメだ、荒木さん」
突然のことに驚いた乃愛が上げた目は潤んでいた。初めましての人しか居ない状況で、彼らに囲まれて質問攻めにされるのだから怖かっただろう。
クラスメイトからは独り占めしようとするなという冷たい視線をチクチクと向けられはしたけれど。
この程度で一目惚れした相手が救われるのなら安いもんだ、心の傷の一本くら――――――――。
「言い忘れてたが荒木の席は一番後ろの……ん? おい冨樫、どうして手を握っている」
「これは荒木さんを助けようとして……」
「「「「冨樫くんが荒木さんを泣かせました」」」」
「は?」
「それは本当なのか?」
「いやいやいや、違いますよ。僕はただ腕を引っ張っただけで……」
「「「「荒木さんは痛がっていました」」」」
「……冨樫、職員室に来い」
「なんで?!」
冤罪によって連行されていく慧斗を、クラスメイトたちは親鳥が飛び立つ我が子を見送るような目で見つめている。
彼はその光景を見て絶対に許さないと心に誓ったのだけれど、何だかんだ乃愛が助けに来てくれたので彼女に免じて許してやることにするのであった。
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