鋼鉄令嬢とマリーネ・アイアン #6

 宣戦布告。

 その言葉に、私は身を固くした。いかなる戦いを吹っ掛けられるのか、まったく予想がつかなかったからだ。しかしフリージア氏は、黙って首を横に振った。


「そうやって身構えられても困る。別に、身体を賭けた戦をやろうってわけじゃないんだ」

「じゃあ戦う意味なんて」

「ある」


 私の言葉に、彼女は言い切る。身体を奪い合うわけではないのに、なんで戦いたいとのたまうのか。私にはわけが分からなかった。


「まあ、アレだ。あけっぴろげに言ってしまえば、単純に興味だよ。本気の状態で、どっちの性能が勝るのか。これはある種の、本能と言ってもいい」

「……」

「なるほどねえ。生き人形同士の性能比べ。これは変人としても興味が出るってものだ。いや、今ここで始めてくれたって構いやしないぞ。責任は私が取る。ここを破壊されたって構いやしない」


 私が彼女の本能を飲み込めずにいると、ここで第三の声が介入した。この場を貸してくれた主、ヴェロニカ・スプーナー氏だ。

 沈黙に徹していたはずのヴェロニカ氏は、今や帳面片手に目を光らせ、余すところなくすべてを記録せんとしている。


「あの、本番は対抗戦なんですが」

「これが落ち着いていられるか。生き人形が二体も見られて、しかも性能比べときた。私の脳細胞は、喜びに打ち震えているぞ」


 私が制止をかけようと、ヴェロニカ氏は帳面に書き付ける魔導ペンの記述を止めない。しかしフリージア氏は、カラカラと笑った。


「クククッ。さすがはブレデリックでも噂には聞く『変人令嬢』だ。己のサロンさえ、興味の前では生贄の一つとは。怖い怖い」

「褒め言葉をありがとう。だが、その上で言わせていただきたい。私は口に出していないだけで、君の経緯にも、マリーネ君のいきさつにも興味を持っている。話に聞くには、君は打ち捨てられていた【魔導制御式・自動人形】に宿ったそうだね。そこからどうやって裏通りの一角を束ねるまでになった? どうしてアイアン家に名乗り出なかった? 私は、すべてを記録し、追求したい!」

「なっ――」


 今こそ私は戦慄した。目の前でまなこを光らせる人物が、急に怖くなった。

 ヴェロニカ氏はヴェロニカ氏なりに、今まで己を制御していたのだ。彼女に宿る学術的探究の精神は、たとえ私たちにドン引きされようとも、鋭く、まばゆく光り輝いている。マグマのごとく、煮え滾っていた。


「……待て」

「待たぬ。理由があるなら開陳せよ。納得するに足る理由でなければ、認めないが」


 顔をひきつらせるフリージア氏にも、彼女は容赦しない。帳面片手に、距離を詰めていこうとする。しかしフリージア氏は、右手を強く、前へと突き出した。


「待て、と言っている」

「……理由は?」

「ある。あるが、おいそれとは言えぬ。勝負を持ちかけたのは、それを託すに足るか、という話でもあるのだ」


 フリージア氏の目には真剣さを示す光があった。

 最初から荒唐無稽、この事態さえもが荒唐無稽という中で、この上どんな荒唐無稽が上乗せされるというのか。マシマシにもほどがあるだろう。いや、マシマシなんて食べられた身の上ではなかったのだが。


「託して、どうするんだい?」

として、果たしてもらう。どういう理屈にせよ、背負った名前に応じた責務を果たしてもらう。『本物』を打ち負かした以上、それが成り代わった者の責務だ」


 ヴェロニカ氏の問いに対して、フリージア氏は堂々と応じた。さすがは本物の貴族子女といった佇まいだった。

 しかし貴族子女という点ではヴェロニカ氏とて負けてはいない。より強く踏み込み、フリージア氏に圧を掛ける。


「彼女に背負えるものなら良いが。無理難題を背負わせるのは論外だぞ」

「そうしたくないからこそ、勝負にて器を問うのだ。を背負う覚悟をな」

「……分かった。私はその意志を尊重しよう。だが、本人はどうかな?」


 ヴェロニカ氏が圧を緩め、大きく息を吐いた。彼女の視線が、私へと向かう。私は、まっすぐに受け止めた。そして考える。勝負を受けるか、それとも。しかし。


「器を問われたら、受けざるを得ないじゃないですか。私は、『マリーネ・アイアン』なんですから」


 答えなんて、最初から一つしかなかった。以上、その器を問われて逃げるのは敗北以外の何物でもない。

 勝負を受けて、そして勝つ。それこそが、人生の謳歌につながるのだ。


「よろしい。では、勝負の仲介人は私でいいかな? デラミー寄りだと言うなら、何らかの方法で中立の者を用意するが」

「構わん。代わりに、勝負の方法はこちらから提示する」

「良かろう。で、勝負の方法は?」

「――――だ」

「えっ!?」


 打ち明けられたその方法は、私を驚かすには十分だった。


 ***


 かくして、対抗戦及び私のプライドを賭けた勝負は始まってしまった。一日目、二日目と各運動系のクラブが様々な競技で対決し、得点を稼ぎ合う。

 私たちが参戦できる数少ない競技、『学年別グループ対抗リレー』は中間、中だるみの三日目に配置されていた。ここで状況を整理し、四日目、五日目の花形競技へとつなぐ。まあありていに言えばそこまで注目度は高くない、はずだった。


「うおー! やれ! 暴虐令嬢!」

「ウチの生き人形をナメんなよ! お嬢! やっちゃってくだせえ!」

「いざとなったら飛び鉄拳が舞う!」

「お嬢ならその前に振り切れる! っていうか飛び道具は禁止だ、帰れ帰れ!」


 ところが、蓋を開けてみればこの騒ぎである。校外へと飛び出すまでのコースを挟んで、両校が怒号をぶつけ合っている。一体何が起きているというのか。

 確かに、エントリーシートには私の名前が連ねられている。しかしこれほどの騒ぎになるとは、まったくもって予想の外だった。


「一体何がどうなってるんですか」

「向こうさんの喧伝行為じゃないかなあ」

「いえ。明らかにこちらでも喧伝されています。マリーネさん、只今売り出し中なところありますし」

「ふむ、一理あるね。まあ話題に飛びつきやすいのは人間のサガか」


 レイラ嬢の発言に、ヴェロニカ氏がうなずいた。ちなみに二人は、半刻ほど前に初対面を果たしたばかりだ。本来ならありえないはずの対面だが、ヴェロニカ氏は私たちの戦の見届人である。さすがの彼女も、サロンから出て来ぬ訳にはいかなかった。幸いにして対面は穏やかに進み、状況は今に至っている。


「それに、生き人形同士の性能比べなんて、そうそう見られるものじゃありませんしね」


 レイラ嬢の言葉に、私は密かに胸をなでおろした。彼女には今でも、真実を告げられずにいた。

 がマリーネ・アイアンではなく、どこの誰とも知れぬ平民の成れの果てであるなどと知られたら――その恐怖は、今でも拭えていなかった。


「刻限だね。私……いや、私達にできることは、もはやない。後は君の、純粋な性能を信じるだけだ」

「マリーネさん、応援してます」

「ありがとうございます」


 二人の声に返事をして、私は選手たちの集合場所へと向かった。ここからは一人である。己だけで彼女と向き合い、そして勝つ。それ以外のことは、なに一つ考えていなかった。


「来たね」


 赤髪を結い上げた赤目の少女が、集合場所の入り口で待ち受けていた。

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