幕間:お偉い様たちは覆面を脱ぐ(三人称回)

 彼女――マリーネ・アイアンの足音が十分に遠ざかったのを確認してから、初老の男二人は大きく息を吐いた。同時に椅子にもたれかかり、緊張を解いて話し出す。


「なにが『見栄を張った』だ。危うくバレるところだったではないか、スプーナー卿よ」

「そちらとて、手慣れた様子を晒してはまずいでしょうが、トルン卿」

「むむっ……」


 この場で取っ組み合うわけにもいかず、顔を背け合う二人。その正体は――


「しかしまさか、三大公爵家のうち、二つの当主が忍んでいるとは思うまいて」


 かたやトスカナ改め、現トルン公にしてカッタータ・トルンの父である王国大将軍アーラン・トルン。


「それは思わないでしょうが、引っ掛かってはいるでしょうなあ。隠しても隠し切れぬものはあるでしょうし」


 かたやスーダント改め、現スプーナー公にしてヴェロニカ・スプーナーの父、王国宰相ブレッド・スプーナーである。


「くふふ。まあこうでもせねば、直に顔を合わせ辛い関係にはなっちまったなあ。二人ともよぉ」

「それについてはまあ、同意しますよ。互いに事実上、政治と軍事の旗頭となってしまいましたので。しかし問題は――」

「娘と息子どもよなあ」


 二人は揃ってうなだれた。自分たちが王国を二つに割っている件については、担がれたがゆえの側面もある。だが息子・娘世代が本格的な対立に陥ってしまっている件については、両者ともに頭を抱えていた。


「俺たちはこうして話せなくもないが、息子の教育を間違えちまった。まさか政治の連中をまとめて、『なよなよとした、事なかれ主義の腰抜けども』と抜かすようになっちまうとは」

「こっちも似たようなものですよ。軍人たちをまとめて『二言目には軍拡だと言い出す筋肉の群れ。頭にまで筋肉が詰まった荒くれども』ときた。さすがに怒ってやろうかと思いましたが、侯爵を叱責して恥をかかせれば、どこになにがおわすやら……」


 王国宰相が世の不条理を嘆けば、王国大将軍もそれに同調した。政治と軍事の協調が、まさかの事情、まさかの場所で実現した形である。


「まったくだ! ウチもよほどの阿呆っぷりに拳骨の一つでも食らわせたかったわ! まったく、どこで認識を違えたのやら……と、阿呆と言えば。ウチの次男が、これまたやらかしてるようであるな」


 怒れる大将軍は、その流れでもう一つの頭痛の種を思い出した。歯ぎしりをしたい衝動を押し殺しながら、苦渋の声を漏らす。


「ああ、カッタータぎみかね? アレは良くないとウチの三女も言っているねえ。先日だって、メイスフィールド伯のご子息とやらかしたのだろう? あの子息は彼にとって懐刀になり得る人材のはずだ。まだ若いとはいえ、どこかで矯正が必要だろうね」

「で、あろうな」


 初老の男二人が、揃って頭を抱える。はたから見てもあまりいい気のしない絵であるが、本人たちにしてみれば憂鬱そのものであった。


「しかし現実はそうもいかん。一応アレについては、先方と話がついている。後日、和解の儀式を執り行う予定だ」

「ほう。一応は間を取り持ったのだね」

「ワシらにまで影響が及んでは因果が逆だからの。仕方ないので話をつけた。だが本人たちについては知らん。いい加減、アレにはほとほと愛想が尽きつつある」


 アーランがカッタータについて本音を漏らすと、ブレッドも思わずグラスを差し出した。どうやら、彼については思うところがあったらしい。


「入学式の日の顛末について、自分に非があるにもかかわらず泣きついて来たんだったか? 気持ちは分かるが、それはいただけないよねえ。同情するよ」

「アレはアイアン家を敵に回すことの意味を分かっていないのだ。およそ全軍人、全兵士の訓練を取り扱う家柄ぞ? しかもこのワシを始めとして、多くの軍人にも慕われておる。下手に扱おうものなら、ワシが軍から爪弾きにされかねんわ」


 アーランは、憮然たる表情を見せた。どこまでも阿呆な息子に、どこで分からせるか。その算段を、立てつつあるようにも見えた。


「で。そのアイアン家の娘が彼女で、ウチの三女もご執心、と……。難しいねえ。ウチとしても、アイアン家は敵に回したくない。あの一族の野心のなさは、もはやこの世に誇れると言ってもいい。だけど、一度ひとたび野心を持ったらどうなるか、という自覚がないのもまた困る。当代――ジャレッド君は特に酷い」

「言うてくれるな。アレでも恩師の息子だ。しかも『逆流』の家風には従っておる。その野心のなさが、我々の救いでもあるのだ」

「たしかに」


 同意しつつ、ブレッドはグラスをあおった。中身は砂糖の入ったぶどうの果汁――つまるところ果汁液ジュースである。

 この場で酒精アルコールをたしなめるほどの強靭な精神を、彼は持ち合わせてはいなかった。しかし彼は勢いのまま、本題へと踏み込んでいく。


「さて。そろそろ本題へ行こう。いくら淑女の花摘みが長いと言っても、いつ戻って来るかは分からない。貴様も、今回の議題は同じだろう? 他の折衝は、ある意味で些事だ」

「うむ。率直に問おう。マリーネ・アイアンを、どう見る?」


 アーランらしい踏み込み方に、ブレッドは口角を上げた。下手に腹芸を交わし合うよりかは、こういう会話のほうが好みだからだ。

 腹芸は腹芸で楽しいが、時には互いに踏み込んで殴り合うほうがより楽しい。そういう喜びが、アーランとの会話には存在していた。だからこそ彼も、真意をもって会話する。そうすると、先方からも真意が返ってくるのだ。


「本人次第、というところかなあ。生き人形の、しかも女性。そんなのをデラミー校に送り込んだ、ジャレッド君の意図が読めないからねえ」

「案外、娘の不憫を哀れんでいるだけなのかもしれぬぞ? なにせあやつにとっては、ただ一人の子だ。側室を入れたくない気持ちは分かるが、あの一点だけは評価し難い。……とはいえ、葬儀にまで顔を出した側からすれば、複雑にもなる」


 葬儀の話を出されると、さすがにブレッドも同意せざるを得なかった。

 同時に、あの折のジャレッド・アイアンが、かなり疲弊し、憔悴していたことを思い出した。すると、なんとなくではあるが、見えてきた気がした。


「馬車との衝突事故。不審な点はなし。田舎の巡警とはいえ、おそらくは覆らないだろうね。あの折の悲しみ方からすれば、【魔導制御式・自動人形】に手を出す気持ちは分からんでもないよ」

「ましてや、そこに魂が入ろうものなら、か。案外、それが事実なのやもしれぬなあ」


 ぼやくように、アーランが言う。ブレッドはここぞとばかりに踏み込んだ。他にもいくつかの可能性はあるが、おそらくはこれが真実なのだろう。


「そういうこと。彼の性格から考えても、裏はないと我輩は睨んでいる。生殖機能まではないから、縁の結びようもないしね。そんなものだろう」

「ふむ……後は本人かな」


 そこまで会話したところで、外から戸を叩く音が響いた。続いて、少々かしこまった声が聞こえる。


「マリーネです。ただいま戻りました」


 二人は、一呼吸置いて顔をトスカナとスーダントに戻した。そして、二人揃って声を上げる。


「おう、気兼ねなく入れ入れ」

「おかえり。スッキリしたかね?」

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