鋼鉄令嬢とお偉い様 #3
そんなこんなと紆余曲折がありながらも、なんとか国立大劇場にたどり着いた私たち。しかし。
「まさか十二刻を過ぎてしまうなんて……」
「すまない。やはり『近道は道なりに及ばず』だったよ」
すでに午前中の公演は終了し、ちょうど狭間の時間となっていた。入り口に喧騒はなく、南北の俳優たちが描かれた看板が寂しく立てかけられているだけになっていた。
「おのれ巡警め、危うくワシらまで引っ張られるところじゃったぞい」
トッさんが先の一件を蒸し返す。たしかにアレの事情聴取が長引かなければ、一応間に合う算段にはなっていたはずなのだけど。
「それだけ十分に仕事をしているってことだよ。貴様の頭とて、筋肉でできあがっているわけではなかろう?」
「なに……む。分かったから、右腕を突き付けないでくれると嬉しい」
トッさんの沸点が低いのか。スーさんが一言多いのか。またしても不毛な喧嘩になりそうだったので、今度は右腕を容赦なく構えてみた。すると効果はてきめん。トッさんはたちまち冷静になった。
「ひとまず、次の公演は十三刻半からになっているね。先に腹ごしらえでもするかい?」
気持ちを切り替えるように、スーさんが建設的な話題を切り出してきた。しかしトッさんは首を横に振った。気難しげな顔をして、反論に打って出る。
「いんや。うっかり次を逃したら、こちらの姫がもう公演を見られんぞ。軽食でも買って、場をつなぐ方がいい」
「たしかに」
同意の後、スーさんはわずかに考えこんで。
「……ちょっと中座してもいいかね? 年をとると、その、ね」
「みなまで言わんでいいから、早く行って来んか。淑女を前に失礼な」
現状からずれた言葉に、トッさんが声を浴びせる。そ、そりゃあ私がいる状況でそこまで言われるのもなんだけど。ともかく。
「わ、私は大丈夫ですから。行ってらっしゃいませ」
頬に熱さを感じつつも、私はスーさんを快く送り出した。ただ、大丈夫というのはちょっと言い過ぎたかもしれない。私は顔を手で扇ぎ、ありえないはずの熱さを和らげた。
それにしても、不思議な二人である。嘘はついていないのだろうが、どこかに何かを隠している感じが漂っていた。
ただ、具体的にと言われると難しい。立ち居振る舞いは庶民のそれに近いけど、最後の一線にプライドじみたものを感じていた。先の暴漢制圧もそうだ。泥沼の殴り合いではなく、極めてスマートにコトを片付けていた。
私は真実を引きずり出すべく、さりげない疑問をぶつけることにした
「……お二人って、いつからの付き合いなのですか?」
「そうさのう。学生の頃に同じグループでの。今のようにキャンキャンやっとる内に、いつの間にか腐れ縁になっておった。学者肌で一言多いが、決して悪い奴ではないだろう?」
「……ええ。そう思います」
嘘はついていないであろう回答に、私は思った。たとえこの人たちがなにかを隠していたとしても、自分からそれを明かすことはないのだろう。
どっちにせよ、この人たちは悪い人ではないという確信はある。ならば今日は、エスコートに乗ってしまえばいい。決意を固めつつ待機していると、スーさんがようやく戻って来た。
「待たせたね。厠が混んでいたのだよ。後、我輩小金持ちなので、ここは見栄を張らせてもらった。付いて来るといい」
「おう?」
「はあ……」
呆けた顔をする私たちを差し置いて、スーさんがスタスタと前を行く。演目の合間だからであろう。やはり劇場内に人は少なかった。後を付いて二階、三階と階段を上り、たどり着いたのは。
「え……!?」
あからさまにお金の掛かっていそうな大きなドアを開けた私は、愕然とした。どう見ても、演劇を見るには少々豪華すぎる部屋だった。
前世の言葉で形容していいのなら、VIPルームというやつであろうか。椅子や机、荷物置き場に至るまで見るからに豪華で、飲み物やグラスまで置かれている。これでは観劇というより、観劇にかこつけた密談の場ではないか。と、言うよりも遠くて劇なんて見られたものではないのでは。
「おう。おぬしにしては豪気に値を張ったのう」
「貴様をアッと言わせられたのなら、十分だ。これで些事に紛らわされず、ゆったりと劇が見られるよ」
トッさんがスーさんをひじで突っつき、スーさんはスーさんで胸を張る。私は私で、ただ呆然とすることしかできなかった。
「あ、あの、その……これはどういう」
「男の見栄、というやつだろうな。ワシの顔に免じて、なにも言わずに座ってくれ」
「はあ……」
諦めて私は椅子へと座る。豪華すぎて、うっかりすると身体が埋まってしまいそうだった。横幅も広く、片方の肘掛けに寄っかからないと態勢が厳しい。そうして座るとどこか偉そうで、自分の立場を勘違いしてしまいそうだった。
そしてよくよく見れば、前世で言うスクリーンかテレビに似たものが、部屋の上座に鎮座していた。セディー寮で使われている、魔導監視に似た技術だろうか。
「王様王族や大貴族なら、こっから手を振って民に挨拶するんだろうが、ワシらは小金持ちのただの市民だ。十分に満喫すればええ」
「はい……」
トッさんにフォローされつつも、私は周囲を見回している。いけない。これではさっきのお上りさんと全く変わらないではないか。もっとこう、貴族の娘らしくどっしり……
「失礼します。お食事をお持ちいたしました」
「っ!?」
しようと思ったところで扉をノックされ、私はないはずの心臓が跳び上がりかけた。
これ以上豪華さに振り回されたら、私の心臓がもたない。いや、機械の身体にそんなものはないのだけど。こう、アレだ。精神的にもたない。
ともかく、私たちの前に食事が並べられていく。しかしその中身は非常に観劇に向いたものといえた。サンドイッチ風の食べ物に、ちょっとしたサラダである。
良かった。これでステーキとかだったら、余計に劇が見られなくなるところだった。
「軽食で頼んだのかい」
「あくまで観劇が目的だよ。なにか話すわけでもないのだし、これくらいがちょうどいい」
腹を空かしていたのか、トッさんがスーさんに文句を言う。しかしスーさんは、観劇を盾にして見事に受け流した。しかしトッさんはなおも突っ込む。
「さっきは腹ごしらえと言っただろうが」
「場が変われば、やることも変わるよ。兵法も同じだろう?」
「む……」
結局トッさんは、不承不承と言った体でサンドイッチ風の食べ物へとかぶりついた。一口でこそはないものの、あっという間に消えてしまいそうなほどに豪快な食べっぷりだ。
しかしこの人たち、妙に手慣れていないだろうか。このような場所を前にして、全く臆する様子がない。いけない。少し考えがまとまらなくなっている。よし。
「あの、私も劇の前に」
「気にするな。行ってこい」
「そうだね。行ってくるといい」
「失礼します」
二人のありがたい声に見送られながら、私は化粧室へと急いで向かった。
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