鋼鉄令嬢とお偉い様 #2

「マリーネ・アイアン。デラミー女子ということは、どこかのお貴族の、子女かお家来さんかな?」

「アイアン伯爵家が一子です」


 かすかな目の色の変化にも気付けぬまま、スーさんに問われて答える私。するとトッさんが両手を打ち鳴らした。


「おお、アイアン家の! ワシも軍隊にいた頃にアイアン伯を見たことがあるぞ。いや、あの頃は先代だったか? ともかく、伯爵手ずから訓練して下すってのう。物凄く厳しかったが……」

「黙れ黙れ。貴様は思い出話を始めると長くなってかなわん」


 長話を始めそうな勢いのトッさんに、スーさんが割って入る。すると今度は、トッさんがスーさんを睨みつけた。たちまち始まる睨み合い。


「なにを! おぬしだって小賢しい知恵ごとをベラベラと……」

「なにを!」

「ちょっとちょっと!」


 怒りの形相で顔を見合わせる二人に、私は慌てて止めに入った。ここが酒場ならともかく、茶屋である。あまりにうるさいと注目を集めてしまいそうだ。いや、実際にいくつかの目がこちらを向いていた。気恥ずかしい。しかし。


「おお、すまんすまん。淑女の前で争うのはご法度じゃのう。なあ、スーさん」

「いきなりいい格好を見せるのは気に食わないが、そいつは同意するよ、トッさん」


 二人の顔に笑みが戻るのも、またあっさりとだった。私は心の底からホッとし、胸をなでおろす。

 それにしてもこの二人、一体どういう関係なんだろう。私は、恐る恐るながらも聞いてみた。


「あの、お二人はどういう……」

「おっと! こりゃあ参った。自己紹介がまだだったのう。ワシはトスカナ! 軍隊上がりの、鍛冶屋をやっとる! 今日は休みじゃ!」

「我輩の名はスーダント。そこの鍛冶屋とは腐れ縁でね。王立大図書館で学士崩れをやっている。同じく、本日は非番だね」


 鍛冶屋が胸を叩けば、学士崩れは顎を撫でる。なるほど、腐れ縁という言葉がよく似合っている……気がする。

 鍛冶屋が少々声が大きいが、それもそれで、彼の色なのだろう。


「うむ! 休みが重なることは少ないからの! それで、久方ぶりに街へ繰り出したというわけよ。そしたらデラミー女子とお近付きになれると来た! こいつは初っ端から運が……」

「だから貴様は話が長い!」

「なにを!」

「なにを!」

「ですから!」


 些細な事から再びにらみ合いを始めたので、私はもう一度止めに入る。すると二人は、やはりサクッと引いてくれた。


「むう、いかん。年を食うと、どうにも気が短くなってしまう」

「貴様は昔からそうだっただろう。我輩は覚えているぞ」

「どうしておぬしはそうやって一言……」

「あの……」


 またまた喧嘩になりそうだったので、私は机をトントンと叩いた。さすがにこれ以上の天丼はお控え願いたい。すると二人は、顔を見合わせて首を振った。


「むむ……どうも血の気が溜まっているな、場所を変えるか?」

「そうしよう。マリーネ嬢は、どこかに用はあるのかね?」

「そうですね……」


 どうして巻き込まれているのか分からないまま、私は素直にいきさつを語る。かくかくしかじかで、国立大劇場へ行こうかと思っていると告げると。


「おお、大劇場か! アレは今、半年に一度の大公演だったか?」

「そうだな。南北の売り出しどころが豪華絢爛の大競演だったはずだよ。そのご友人は、お目が高いね」

「ありがとうございます」


 友人を褒められて悪い気はしない。私は素直にお礼を言った。するとトッさんが、意外な提案を持ち込んだ。

 顎髭をしごきながら提案する姿は、鍛冶屋というよりも豪傑に似ている気がした。


「ふむ。演劇をおぬしと見ても面白いかは分からぬが……マリーネ嬢、もしもご不快でなければ案内するぞ?」

「うむ。迷惑をかけてしまったからね。エスコートならお任せあれ」

「……ご相伴に預かります」


 少し考えて、私は応じることにした。一人で見に行ってトラブルに巻き込まれるのもごめんだったし、なによりこの人たちとなら退屈はしなさそうだった。

 そうして私たちは、茶屋を出たのだけど。


「……どうして私たちは下町を歩いてるんです?」

「近道だ」

「社会勉強だねえ」


 絢爛な大通りから一歩外れると、そこには都市の影と言ってもいい姿があった。

 自由に遊び回る子ども。野放図に軒を連ねる家々。お世辞にもきれいとは言い難い通路。どこからどう見ても、下町というのがふさわしい姿だった。一歩間違うと、スラムに近い色さえもある。

 事実、さっそく短刀などに身を固めた面々が現れた。


「爺さんたちよぉ、いい身なりしてるじゃねえか」


 一人が短刀。


「おいらたちにもちょいと、お恵みくださらないかねえ」


 もう一人が棍棒。


「身ぐるみ剥がされるのが嫌なら、そこの孫娘でもいいぜ?」


 そして最後はスリングショット。

 あまりにもテンプレートなセリフを繰り出し、我々へと迫る。テンプレ過ぎて、吹き出すところだった。ところが。


「なあスーさん。この辺りにまで追い剥ぎが出て来るたあ、王都の巡警はなにをしとるんかのう?」

「トッさん、政治が悪いとか言わないでくれよ?」


 当の二人は、逃げそうにない。それどころか。


「お、お二人とも逃げ……そうには見えませんね!?」

「当たり前だのう。人から金をふんだくろうとする輩なんぞ、再教育じゃ」

「正直トッさんのせいで色々溜まっていてね。憂さ晴らしの時間だよ。来なさい、若人たちよ」


 挑発的なセリフを放ちながら二人は肩を回し、杖を構える。


「わ、分かりました!」


 絶対に逃げそうにないので、私も止むを得ず拳を構えた。

 私とて、アイアン家の娘だ。守られるばかりじゃあ面目が立たない。アイアン家流の戦闘術に、いざともなればがある。実態はともかく、気構えだけは十分だった。


「お、おお? なに? 爺さんたち、やんの?」

「俺たちゃあ、いっぺん暴れ始めると歯止めが効かないんだ。爺さんだろうがやるときゃやるぜ?」

「大人しくしときなって! 怪我すんぜ?」


 そんな我々にもめげず、追い剥ぎどもは武器をかざして凄んでみせる。おそらく、このような相手でもなければ効果はあったのだろう。

 しかし、トッさんはすんなりと近付いていた。気が付けば、短刀持ちから一歩の間合いに立っていて。


「そうか。ご忠告、痛み入る」

「へ……!?」


 ドゴォ!


 一閃。拳を腹にめがけて一撃。それだけで短刀持ちは膝を石畳につき、前のめりに崩折れた。


「え……?」

「クソッ、やっちまえ!」

「お……おう!」


 一瞬の動揺。だが直後に棍棒が舌を打ち、スリングショットが促される。

 棍棒は得物を振りかざしてスーさんへと迫り、スリングショットはタイミングを図りながら距離を取る。

 狙うのは私か、それとも。いや、ここは!


「シュートッ」


 小さくつぶやき、先制の右腕を撃ち放つ。距離は一〇〇もないので、瞬く間にスリングショットの眼前へとたどり着いた。


「い゛っ!?」


 当然スリングショットは目を見開く。しかし私は右腕を急停止させ――


「そいっ!」


 げんこつで引っ叩くにとどめた。まあ……それでもダメージは十分で、見事に路上へとぶっ倒れたのだけど。


「おお。見事な飛ばし鉄拳。さて、巡警に引き渡すとしますか」


 その一方でスーさんはといえば、杖一本でたやすく棍棒を制圧していた。右足と杖だけで、見事に押さえつけている。


「いや、無力化して転がしとけ。面倒だからのう」

「残念ながら、もう見えてますねえ。ちょちょいと済ませましょう」


 私がスリングショットから武器を剥ぎ取る頃には、すでに巡警の足音が迫っていた。私は思わず、二人に尋ねる。


「……お二人、どうしてそんなに?」

「なぁに。この程度は酒場での喧嘩で慣れちょる」

「積み重ねたものがあれば、このぐらいはねえ」

「はぁ……」


 涼しい顔の二人に、私は思わず生返事をしてしまうのだった。

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