鋼鉄令嬢の咆哮 #5

「鋼鉄家の令嬢、マリーネ・アイアンだ! 今からこの本拠地を、私のロケットパンチで粉砕する! 事実を弄び、他人を貶める非合法広報集団よ! 今日がお前たちの最後の日だ!」


 顔を晒し、敢然と『デラミー新報』を名乗る非合法ゴシップ週刊誌的広報集団に名乗りを上げた私。

 しかし、敵対者どもからも一人の男が進み出た。顔は隠していないが、見た覚えのない顔だった。かの令息が送り込んでいたという、外部からの協力者かもしれない。


「『デラミー新報』の者だ! 保安部に伯爵令嬢だと!? うぬら、なんの権限をもって我々から自由な広報を奪おうというのか! 広報は自由であるべきだ! 権力によって制裁されるなど、あってはならない!」


 うん。いい啖呵の切り方だ。感動的でもある。だが、私は容赦なく右腕をぶっ放した。


 ドンッ!


 切り離したロケットパンチは男に当たらないギリギリを通り、大本拠の壁にヒビを入れた。当然だが、人や本拠を壊さないようには調整している。そこまでできるほどの特権を、私は持ち合わせてはいなかった。


「黙ってくださいませんこと?」


 私は、先ほどとは打って変わった口調で口を開いた。右腕では未だ、かすかに煙がたなびいている。


わたくしは、腹を立てているのです」


 肘から先のない右腕を構えたまま、私は男に近付いた。辺りでは保安部本隊の面々が、証拠隠滅を目論んだ広報集団を制圧している。私は総隊長とともに、男から三歩の距離へと立った。


「一つ一つの事実を拾って煽り立て、人様に『暴虐』などという単語を付けて二つ名とする。そのような行為の、どこに自由が許されていると思うのです?」

「っ……」


 男が後ずさりをする。私は一歩、歩みを進めた。

 脳裏に浮かぶは、前世の記憶。外界とのツテとして買ってもらったスマホの中では、日々マスコミ――情報機関への恨み言が飛び交っていた。

 前世ならそれでも、報道の自由はある程度優先されるだろう。だが今は。今生は。文字通りに、のだ。


わたくしだけなら、まだいいとしましょう。他にも被害が出ていたと、保安部の方々からは伺っております。わたくしの知己にも、『変人』なる二つ名を奉られたとおっしゃる方がいます」


 ヴェロニカ氏の、『間違ってもいなかった』という言葉を思い出す。たしかにそうかもしれない。だけど、許していい理由にはならない。自ら名乗るならともかく、勝手に名付けてしまうなど。


「……正しい情報を、事実のみ広める。それならば、わたくしもここまでしておりません。恥を知りなさい!」


 身体が引き気味の男に、私は咆哮を浴びせた。男はたまらず崩れ落ち、うわ言のように何事かをつぶやいた。

 私の周囲では、まだ制圧行動が続いていた。だが私のすべきことは、もはやこの場にはない。後は専門家に任せてしまうのが、ここで私に取れる、最善の行動だった。


 ***


 三日後。私は、ご招待を受けてヴェロニカ氏のサロンを訪れていた。名目上は勧誘としての正式な招聘だ。だが実態としては、かの組織を潰した件についての聴取だった。

 ちなみにかの組織は、今は学院保安部による調査と聴取を受けている段階だ。後々学院側にすべてが報告され、何らかの処分を受けるだろうというのが、総隊長の見解である。


「いやあ、私の件までついでにぶつけて来てくれるとはね。お陰様で、だいぶ溜飲が下がったよ」

「いや。お膳立てされたらもう、やる他なくて……」


 ヴェロニカ氏は痛快に喜び、私は照れ混じりに答える。すると、横から割り込んでくる声が一つ。


「俺っちは、焚き付けた上で情報を提供しただけよ? そりゃあ潰してほしいとも言ったけどさ。最後にやったのは君じゃん? 責任逃れは良くないよ?」

「そう言われるとそうですけど……って」


 私は、声の主を見る。このサロンには入れてもらえないはずの人物が、どうしてここにいるのだろう。

 端正な顔に、肩までの金髪。幾度も見た顔は、見間違えようもなかった。


「どうしてジョッシュ氏がここにいて、しかも呑気にお茶を頂いてるんですか」

「いやあ、色々と訳があってねえ」


 ジョッシュ氏はヘラヘラと回答をかわしにかかる。そこへ、ヴェロニカ氏からの助けが入った。


「ではそいつは私から話そう。彼はかの令息――カッタータ・トルン氏のサロンから、正式に離脱したんだ。私のサロンに迎えてしまうのは角が立つから難しいが、こうして茶飲み友達になるぐらいなら許可しようかとね」

「はあ……」


 正直なところ、私にはすんなり飲み込めない話だった。

 アイアン家のように家格にとらわれない家柄ならともかく、トルン公爵家とメイスフィールド伯爵家は主従関係に近かったはずだ。親の因果が子に報うこの世界で、子同士が関係を断つというのは。


「あー……聞いた話によると、彼は父親からこっぴどいお小言のお手紙をもらったらしいよ? 俺っちは事前に父上に根回ししてたから、お小言もなにもなかったけどね。むしろ、『彼が剣を捧げるにあたわぬと見るのなら、己の目で主君を探してみるがいい』とまで言ってくださった。まあ、『調整』が入ってどこかで仲直りの儀式を打つことになるだろうけど、それはそれでこれはこれってわけだ」

「なるほど……」


 私はひとまず、うなずくことにした。早い話が、親世代には影響しないように手を打った、ということだろう。

 ただしそのままにしてはやはり面目が立たぬので、大きな傷にならないうちに手打ちを行う、というのが今後の流れか。

 私なりに考えてはみたものの、まるで反社会的集団のような話の流れである。いや。貴族にもメンツがある以上、似たような話になるのも致し方ないのだろうか。


「ともかく、だよ。マリーネ嬢。君がジョッシュくんを信用しない理由は、大方吹っ飛んでしまった。そしてついでに、ジョッシュくんから出された課題も成し遂げてしまった。これはもう、一旦手打ちにする他ないんじゃないかい?」

「あ……」


 ヴェロニカ氏に言われて、私は気づく。

 ジョッシュ氏はもはや、敵の一味ではない。歴然たる味方と処理するには少々怖いところがあるが、態度と結果で敵ではないことを示してくれた。

 こうなっては私も、彼女からの提案を受け入れる他にない。


「さあほら、カップを出して。茶を入れるから、それをもって和解の一杯としよう。ほら、ほらほら」


 やたらと上機嫌なヴェロニカ氏が、私たちを促す。恐る恐るジョッシュ氏を見れば、彼はにこやかにカップを差し出しているではないか。

 良いのか。こんなざっくりした展開で良いのか。


「い、いいん、ですか?」


 思わず声に出して問えば、彼はあっけらかんと応じた。


「なにを言ってるんだい? 俺っちは最初から君を気に入ってるし、そもそも味方のつもりだった。それに加えて、君は俺っちに結果で意志を示したからね。和解ができるのなら、いつでもそうするよ」

「……」


 私は戸惑った。戸惑ったが、これ以上の機会はそうそうなかった。だったら。


「お、お願いします!」


 私はそっと、カップをヴェロニカ氏へと差し出した。

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