鋼鉄令嬢の咆哮 #4

 二十一刻。もうすぐセディー寮も消灯時間になりゆく頃。私はなんと、学院保安部総隊長の隣に立っていた。無論、鉄兜に鎧、刺股さすまたの完全装備である。いや、今は兜は脱いでいるけど。

 ちなみに寮監の許可も取っている。社会科研修における、学院保安部職業見学というのが名目だった。


「いいか。此度の作戦は『デラミー新報』なる非合法広報集団を捕捉する最大の好機である。各員、慎重をもって事に当たれ」


 総計百人ほどの隊員が、声なき声で返事する。すなわち、うなずきだ。総隊長は全員の目を見渡した後、重ねて言葉を続けた。


「なお、本作戦には重要情報提供者としてアイアン伯令嬢、マリーネ様も随行される。軍に所属していた者ならば、その意味は分かるな?」


 総隊長が、再び全員を見渡す。幾人かの隊員の、目の色が変わっていた。その意味は、私でも分かる。父の威光――いや、父への敬意だ。一部の元軍人たる隊員たちが払う、純粋なる敬意なのだ。


『上官の息子は上官にあらず。死なぬように、たっぷりしごけ』


 厳然たる我が家の家訓は、当然ながら父、ジャレッド・アイアンにも深く受け継がれている。ゆえに父は、厳しくも平等で、実戦に役立つ訓練を課していた。それも、上から下に至るまで、すべてに対してである。その薫陶を受けた者どもが、父に敬意を払わない理由は皆無だった。


「よろしい。それでは手筈通り、二番隊から九番隊は各所に散れ。本隊と一番隊は、詰め所にて待機する。かかれ」


 こくり。全員がうなずきにて応答する。そして各員は、音もなく立ち上がり、隊列を組んで散っていく。慌てず急がずの常歩なみあしは、全員の足取りが揃っていた。

 やがて、全員の姿が見えなくなった頃。私と総隊長は、目を合わせた。


「ここからが、真の計画ですな」

「ええ」


 兜をつけた私は、総隊長たちを詰め所の裏手へと案内した。そこには、学院と外界を分かつ森がある。この森と保安部のおかげで、私たちは不埒な連中から守られていた。しかし内部に無法がいては、結局話は変わらない。


「……」


 ジョッシュ氏から授かった情報の記憶を頼りに、私は木に魔導偽装された仕掛けを探す。同時に、ここに至るまでの流れを思い返した。


『連中の拠点は四箇所。だいたいこれを行き来して捜査の目をごまかしている。だけど、真の拠点は別にあるんだ』


 ほとんど口づけの距離まで顔を近付け、ブレンドン氏も含め、三人で情報を分かち合った。それは、ハッキリ言って衝撃的なものだった。


『保安部詰め所の地下。ここに大きな空間があって、それが連中の大拠点になっている。もともと学院の地下には地下道が張り巡らされていてね。そいつを連中は歩き回っているのさ』


 おそらく、学院がもっと価値を持っていた時代の名残だろうと、彼は続けた。

 私は、なるほどと返すほかなかった。連中のやり口に呆気にとられていたのもあるし、学院の裏の歴史にもうなずけるものがあったのも含まれていた。

 ともあれ、彼はさらに言葉を続けた。


『学院の各所に、地下道への秘密の出入り口がある。非常時に逃げ込んだり、脱出する用途を持っていたんだろうね。無論、掲示板の付近にもだ。中庭は、集合地点に便利だからね』

『……ではかの者たちは』

『そういうこと。タネが分かれば、簡単なものだろう?』


 ジョッシュ氏が、人懐っこく笑った。思わずつられかけて、顔を引き締める。まだまだ心を許したわけではない。自分をそう、戒めておく必要があった。


『さて。内通者はいる。拠点も複数。アイアン家のご令嬢なら、こいつをどうさばく?』


 そう思っていた途端に、彼から水を向けられた。私は顎に手を当て、考える。この場合の、潰し方は――父から仕込まれた教えの一つ、人の動かし方を思い出した。だが。


『考えはあります。ですが本職ではない上に、ここでは人目がありますれば』

『ご名答』


 彼は拍手の代わりに、指で丸を作った。ブレンドン氏も、隣から私を見ている。意外だと言いたげな、顔だった。


『まあ初歩の試験だね。それでは、本命中の本命について教えよう。大拠点の秘密の入り口、その仕掛けは……』


 ここだ。私の記憶はごまかせない。ジョッシュ氏から授かった情報通りの位置に、その枝はあった。仕掛けだと信じて、引き下ろす。はたして――


 ギギッ……!


 重たい音が響いて、入り口が開いた。土を持ち上げ、我々を迎え入れる構えを取った。

 私は誰にも悟られぬよう、胸をなでおろした。ここまで含めて、すべてが罠である。その可能性は、常に脳裏に置いていた。それもまた、父からの教えだった。


『【人の世に罠はつきもの食わせ者ゆえに冷たくさざ波であれ】』


 短歌のように綴られたその言葉は、罠というものの恐ろしさと、それに対抗する心の大切さを謳っていた。

 無論、ジョッシュ氏への猜疑心というものもこの中には含まれている。かの令息を見限った、という発言も含めて、すべてが演技だという可能性は最後まで捨て切れなかった。だからこそ、あの場での作戦開示は避けたのだ。

 事実自分でも、ここまですんなりいくとは思ってもみなかった。


『連中の拠点、そのすべての情報ですと? ……総隊長を呼んで参ります。我々だけでは、決められない』

『アイアン伯爵のご一子ですと? 信じる価値は、その一点だけでもはや十分です。我らが身内に虫を飼っていたこと、深く世間に詫びねばなりませぬ』

『なるほど。四方の敵に真実をばらまき、大本拠にすべてを集めさせる策ですか。やってみる価値は、十分ですな』


 軍隊経験者に対しての、父の名の重さ。それは重々承知していた。承知してはいたが、ここまでの威力を持っているとは思わなかった。

 軍属ですらない小娘の情報を、その一点でもって信用する。その姿に危うさすら感じた。だからこそ、すべてが罠でなかったことに胸をなでおろしたのだ。


「あくまで静かに進め。令嬢どのも、なるべく」

「父に、習っております」


 アイアン家流の戦闘術には、身体の使い方というのも含まれている。足音を鳴らさずに動くというのは、その中でも比較的初歩のものだった。私たちは、音も少なく階段を駆け下りていく。やがて前途に現れたのは、木造りのドアだった。


「開くか」

「開きますね。連中、油断していると見える」

「よし、行くぞ」


 全員が息を殺す。一人がドアをそっと開き、小さな筒を投げ込んだ。すると。


「うわあ、煙だ!」

「むせる!」

「敵襲か? ガサ入れか!? げほっげほっ!」


 閉じられた扉の向こうから、悲鳴が聞こえる。どうやら、投げ込まれたのは発煙筒のようなものらしい。ものの見事に、悲鳴が拝めた。


「掛かれ!」


 煙が粗方収まったのを見て、総隊長から指示が降りる。扉を蹴破り、隊員たちが雪崩込んだ。そして最後に、私も続く。


「学院保安部だ! 全員、手を上げろ! そして!」


 隊員たちが、私に向けて道を開く。この演出はともかく、本件を保安部に持ち込んだ時から依頼していたことが、一つだけあった。私は兜を外し、金髪ツインの縦ロールを敢然と晒した。


「鋼鉄家の令嬢、マリーネ・アイアンだ! 今からこの本拠地を、私のロケットパンチで粉砕する! 事実を弄び、他人を貶める非合法広報集団よ! 今日がお前たちの最後の日だ!」

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