鋼鉄令嬢の咆哮 #3

「さて、マリーネ・アイアン嬢。謝罪について、話を聞こうか」


 緩さの消えたジョッシュ氏の顔は、常のそれよりも遥かに端正に見えた。

 そんな瞳に覗き込まれた私は、心臓が跳ねるような錯覚を得た。そして同時に、思考の奥底を見透かされているような気分にも陥る。彼の視線は、私に迷いを与えるには十分すぎるものだった。


「……昨日は暴言非礼の数々、まことに申し訳ありませんでした」


 結果、私は通り一遍の謝罪、最低限の詫び入れにとどまってしまった。私のスタンス、やり方など、到底表明できなかった。しかも。


「ふぅん」


 ジョッシュ氏はそれを受け流す。付き従う臣下、ブレンドン氏の視線も厳しいままだ。いや彼が手厳しいのは、昨日の非礼に怒っているからだ。実際、この図書館に来るまでもずいぶんと張り合ってしまった。和解はおそらく、難しいだろう。


「まあ、及第点としよう。謝罪の意志は示してくれたからね」


 行儀の悪いヤンキー座りのまま、ジョッシュ氏は続けた。

 ちなみにここまでの会話は、すべてささやきよりも少し大きい程度の声で行われている。もしここが図書館でなければ、誰かが大声を発していたかもしれない。そう思うと、ジョッシュ氏の采配は見事だった。


「だけど、君のスタンスが分からない」


 ジョッシュ氏が、座ったままの姿勢で器用に私ににじり寄る。圧を感じて引こうとするが、ここで引くわけにはいかなかった。


「昨日言ってくれたように、自分の意志を謳歌するのかい? それとも、今回の件を恥じて諦めるのかい? まさか昨日吐いたつばを、今日にはもう飲み込むつもりかな?」

「っ……」


 私は言い淀んだ。無論、吐いたつばを飲み込むつもりはない。

 私は今後も、私を謳歌する。その責任は絶対に取る。昨日決めたばかりだ。ならば、ここで責任を取るというのは。


「まあいいや」


 しかしジョッシュ氏は、私への追及を突然に緩めた。声の調子も、元に戻る。なにがなんだか、分からない。


「俺っちって鈍感だからさあ、結果で示されないと分からないんだ」

「結果」


 私は思わず、オウム返しの返事をしてしまう。彼がなにを望んでいるのか、私には即答できなかった。


「うん。今朝のあのクソ記事、君も見たでしょ? 『某』とか付けてごまかしてるけど、俺っちにも少なからず被害が出てんのよね」

「なるほど……」


 私は思い出す。そういえばあの盗み撮り写真、思いっ切りジョッシュ氏の顔が晒されていた。つまり彼も、今朝からろくな目に遭っていないのだ。

 そうなると、貴族子女にあるまじき言葉にも納得がいく。ブレンドン氏も目を伏せ、主君を直視しないようにこらえているではないか。


「まあアレだよ。現状『デラミー新報』とやらの連中は、俺っちと君の共通の敵、ってわけだ」

「はい……って、もしかして」


 彼の要求する『結果』なるものが、おぼろげながらに見えてくる。しかし、それは。


「そうだよ。君の持ってる正義の鉄拳、奴らに食らわせてほしいんだ」

「待ってください。たしか連中の拠点は不明だって、保安部に」


 つい数刻前に手に入れた情報を打ち明ける。ヴェロニカ氏をもってしても、連中の拠点は明かせていないのだ。このままでは、無理難題がすぎる。

 しかしジョッシュ氏は、涼しい顔で重大情報をぶちまけた。


「あー。保安部には内通者がいるね。捜査情報が漏れてるから、奴らは拠点をあちこち入れ替えてるのさ」

「え……それじゃあやっぱりどうしようも」

「だから、拠点を全部押さえるのさ。その情報は、俺っちが持ってる」

「はい?」


 一旦絶望しかけたところに、耳を疑う言葉が飛び出した。

 敵の重大情報を、この人がなぜまるっと保有しているのか。内通者の件といい、さすがの私でもこれには疑いの目を向けた。よくよく見れば、ブレンドン氏も同じような表情になっている。


「ちょいちょい。キツい目で見ないでくれよ。ビビってお話できなくなる」

「いや、これは疑いますよ。どうして貴方が、連中の情報をお持ちになってるんですか」

「悔しいですが、私もマリーネさんに同意します。自分の主君が、悪辣な面々に加担しているとは信じ難いです」


 まさかの挟み撃ちに、ジョッシュ氏の顔からまたも緩さが消える。直後彼は、ヤンキー座りから正座に座り直した。放つ言葉も、整ったものに戻る。


「すまない。私はトルン公爵家とのつながりから、カッタータ令息のサロンに籍を置いている。つまるところ、彼の取り巻きだ」

「承知しております」


 今更だった。それが原因となって、ジョッシュ氏を刈り倒したのだから。しかし私は目をそらすことなく、次の言葉を待った。そこにはおそらく、私の知らない真実がある。


「『デラミー新報』は、彼のサロンから陰陽に援助を受けている。記事や資金、人員を提供し、見返りに我々の話題を黙殺してもらっていたりしていた」

「なっ――」


 驚きの声は私ではなく、ブレンドン氏から飛び出した。さもありなん。自分の主君筋が、あからさまに悪辣な面々に加担していたのだから。


「で、では連中の拠点を知っているというのは」

「ああ。そういうことだ。私も彼の配下だからね。悪いこととは知りつつ、彼の手下となって協力していた。そこについてのそしりは、甘んじて受けよう」

「……」


 こうなっては、私もブレンドン氏も黙らざるを得なかった。

 開き直るのなら罵声を浴びせ続けても良いが、相手は詫びを入れているのである。しかも率先していたのではなく、主君筋からの指示によるものだ。つまり、ジョッシュ氏の意志によるものではない。これに怒り続けるのは、少々筋が違っていた。


「……話、続けるよ」


 その辺りを察したのか、場が落ち着いたところでジョッシュ氏はまたも座り直した。今度は、前世でいうあぐらのような格好だった。口調も再び、砕けたものに戻る。


「今回、マリーネ嬢の件で俺っちまで被害を受けてさ。悟ったね。あの令息、俺っちを一時的なサロンの出禁にしただけじゃ飽き足らず、ゴシップ記事までぶつけてきた。早いところ戻って欲しくて、俺っちにお灸を据えたつもりなんだろう。だけどそうはいくか。俺っちは決心したぞ」

「……」


 私は息を飲む。知らなかった情報が耳に入り、私は密かに自分を恥じた。知らなかったこととはいえ、昨日の態度はあまりにもジョッシュ氏に失礼だった。


「マリーネ・アイアン。鋼の家のお姫様」

「っ!」


 私は、思わず気を付けの姿勢になった。ジョッシュ氏の口角が上がる。ニッと笑ったその姿は、一瞬だけ私の心臓を跳ねさせた。


「情報は俺っちが全部出す。見せてみろよ、鋼の意志を」


 私は首を、縦に動かすことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る