鋼鉄令嬢の咆哮 #2
「アッハッハッハッハ! いや、失敬。私はあの程度で自分の考えややり方を曲げるような女ではないから、安心したまえ」
「いや。本当に大口を叩いてすみませんでした……」
昼休み。私は意を決してヴェロニカ氏の元を訪れていた。
学業成績の問題をテストのみで黙らせているという彼女は、今日も今日とて研究所じみた仄暗いサロンに、白衣をまとってたたずんでいた。
これ幸いと私は昨日の非礼をわび、同時にあの発言はあの発言で私のスタイル表明であることも宣言した。その結果が、先ほどの高笑いである。
「なぁに。事実として、君の意志は聞いてなかったからねえ。そこは私も反省すべきところだ。悪い癖だよ」
「……手を差し伸べていただいたこと、深く感謝しております」
「んむ。に、してもだよ。ちょっとサロンの面々から聞いたのだが、その辺について、酷い記事を書かれたんだって?」
「お耳が早い……」
私はうなだれる。あの記事がいつ貼られたかは知らないが、多くの者が見ていたのだろう。
校舎でも教室でも、私は遠巻きに様子をうかがわれた。声を掛けただけで、早足になる者までいる始末である。あっという間に、入学翌日の様相に戻ってしまった。
おのれゴシップ週刊誌。こればかりはいつか、必ずロケットパンチの錆にしてくれる。
「まあアレだ。『デラミー新報』は非常によろしくない集団だ。どこからか高価な魔導機材を仕入れ、保安部の警戒をかいくぐって掲示板に記事を晒していく。内通者か、外部協力者でもいるんじゃないかと、私は睨んでいるね」
砂糖をゴリゴリに詰め込んだ茶を飲みながら、ショートヘアの彼女は語る。その語り口は、妙に詳しいものだった。もしや、この人も。
「ああ、そうか。君は知らなかったね。私に『変人令嬢』なる二つ名を奉ったのは、実は奴らなんだ。まあ、間違ってもいなかったので享受したけど、君に付けられた二つ名はちと酷い」
やはり、と息を飲みつつ、私は虚空を睨んだ。『暴虐令嬢』。あの四文字を見た際に起きた感情は、怒り以外の何物でもなかった。保安部の到着が後少し遅かったら、私はあの掲示板を破壊していたかもしれない。
「ストップストップ。右腕に力がこもっているよ。ここだろうがどこだろうが、なにもなしにぶっ放したら向こうの狙い通りだ」
「ぅ……」
私は怒気を緩める。そうだ。あくまで暴力は対抗手段か最終手段だった。父からもそう教わったというのに、私はなにをしているのか。鉄拳の重みを、自ら下げてしまうところだった。
「同様の理由で、連中の拠点に殴り込むこともおすすめしない。そもそも拠点が明らかになっていないし、襲撃したところで君が真に『暴虐令嬢』だという証拠にされるのがいいところだ」
「……!」
深呼吸を繰り返す。そうだ。ここで怒ったところで、なに一つ意味はない。得することもない。それよりも。
「私としては、早いうちに火消しの記事を出してもらうことをおすすめするね。多少の虚飾や脚色は致し方ない。溺れている小動物を救うとか、そういう善行をするといい」
……思わず吹き出してしまうところだった。
前世でも時折使われていた方法の、しかも効果てきめんなやつである。あまりにあけすけすぎるものだから、思わず怒りも緩んでしまった。まさかこのようなところで、『不良が猫を助けるメソッド』を聞けるとは。
「ご忠告、痛み入ります」
私は深々と頭を下げた。いや、本当に痛み入る忠告だった。もしも聞けていなかったら、意地でも拠点を探してただろう。その場合の労力と後の負担は、想像するまでもない。
「ん。さて、そろそろ時間だね。茶菓子程度しか出せなかったが、お腹は大丈夫かい?」
「ええ、まあ。一食程度は」
実際には、空腹どころではないだけだけど。
「なら良かった。昨日にも言った通り、私は君の味方でありたい。なにかあれば、また来て欲しい。歓迎するよ」
「承知しました。機会があれば」
「ああ、そうだ。老婆心だけど伝えとこう。あの男――ジョッシュ・メイスフィールドは本校舎五階、エメラルドグループに属しているよ。必要があれば、脳内に取っておくといい」
「……ありがとうございます」
私は、いつもよりも深々と頭を下げた。恩に着るとは、こういうことを言うのだろう。私は心の中で、十倍以上の感謝を捧げていた。
***
時は流れて放課後、本校舎へと私は向かう。しかしその隣には、意に沿わぬ付き添いがいた。茶髪で紳士然とした、同級生だ。
ブレンドン・オブライエン氏。ジョッシュ氏の家臣であり、私が頭を下げるべき相手の一人でもあるのだが。
「ブレンドン氏は、いずこに向かわれるので」
「家臣が主君のもとに向かって、なにが悪いというのです。貴女こそ」
「昨日の件の、謝罪です。なんら否定されるべき要素はありませんが」
「……私を通せばよかったではないですか」
「昨日の今日ですよ。あらゆる危険性を排除したいというのは、人間の性だと思いますが」
ほとんど至近距離で、半ばにらみ合うようにして移動する。
人から見ればあまりの剣幕なのか、上級生たちが次々と道を開いていく。私たちはその中を、ズカズカと進んでいった。
背後でボソボソと話し声が聞こえた気もするが、今は聞かなかったことにしておこう。ともあれ、エメラルドグループの教室が近付き――
「やあ、二人とも。俺っちならここだよー?」
「……えと」
その外で待ち受けていた軽い金髪男に、あっさりと気勢を削がれた。
「どうして貴方って人は……」
「待ってるだけって、案外だるいよ? それに、二人仲良くこっちに来てるなんて聞いたらさあ? もう迎え撃つしかないじゃん?」
臣下からの呆れ声も、意に介さずに受け流す。私は一瞬唖然となるが、それでも気を取り直した。軽い調子に流されず、深々と頭を下げようとし――止められた。ついでに右手で、軽く頭を撫でられる。撫でた相手は、変わらぬ調子で言葉を続けた。
「ここじゃ人目があるからさ。場所を変えようか」
そう言ってジョッシュ氏は、一足先に歩み出した。こっちこっちと手招きしてくる。私は、ブレンドン氏と顔を見合わせるが。
「フンッ!」
結局ほとんど同じ調子で背中を追いかける。追いかける背中は階段を上り、最上階、大図書室の扉を開く。一面蔵書と、資料の山だ。
私はうっかり、呆気にとられ。
「……」
「こっちだそうです」
ブレンドン氏に促されるという赤っ恥をかくはめになった。仕方なく早足で向かうと、視線の先にジョッシュ氏がいた。前世でいう、ヤンキー座りをしている。少々行儀が悪いのではと、軽く気をもむ。だが、そこは臣下がたしなめてくれた。
「ご主君、行儀が悪いですよ」
「いいんだよ。これから行儀の悪い話をするんだから。ここなら大声も出せないだろう?」
「……まあ、そうですね」
不承不承ながら、臣下が主君の言い分を認める。すると主君は、私の方に向き直った。その顔からは、軽さと緩さが消えていた。
「さて、マリーネ・アイアン嬢。謝罪について、話を聞こうか」
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