第四話:鋼鉄令嬢の咆哮

鋼鉄令嬢の咆哮 #1

 午前は学業、午後はご指導。そんな一日から一夜明けた朝。友と連れ立って登校したデラミー校は、時ならぬ騒ぎとなっていた。

 中庭に置かれている掲示板の前に、人だかりができているのだ。


「珍しいですね」

「珍しいですよねえ。あそこはだいたい通り一遍のことしか貼っていなくて、掲示板の役割を果たしているのか分からなかったのに」


 二、三言い合った後、私たちも人だかりへと向かった。

 まあ野次馬根性というのはきっと、誰にもあるものなのだろう。人だかりの最後尾につき、なんとか見ようとする。その時、たまたま人だかりから脱出しようとする者と目が合った。


「……」

「……うわあ、マリーネ・アイアンだ!」

「なんだって!?」

「逃げろ! 右腕が火を噴くぞ!」

「やめてくれ!」

「助けて!」


 目が合った男の叫びを契機に、人並みが左右に割れていく。モーセの海割りもかくやと言った具合だ。

 そんなに短慮で右腕を撃つつもりはないのだがと思いつつ、これ幸いとして掲示板に向かう。するとそこには――


「これは……!」


 付いて来ていたレイラ嬢が、口元を手で覆う。私には、これがなにか分かった。端的に言えば、新聞である。しかしその内容は、だった。前世で一部の患者が愛読していた、ゴシップ系週刊誌に近いものである。


【暴虐令嬢、マリーネ・アイアン!】

【飛ぶ右腕は精神粉砕! 一つ動けば男も圧倒! 被害者すでに複数!】

【某伯爵令息と痴話喧嘩!? 早くも猟色のご気配?】

【当社独占スクープ! マリーネ・アイアンが某伯爵令息を突き飛ばす瞬間を激写!】


 好奇心をたぶらかす大見出しに、事実を切り取るには相応しい隠し撮りめいた写真――この世界、高価ではあるが魔導写真機は存在している――。隙間を埋める文字にはびっしりと、私に対する過激な論評が並んでいた。


「……一つ一つは事実というのが、いやらしい」


 私は、つぶやくように言葉を吐き出す。右腕には、いつの間にか力が入っていた。私が、私の思うままに生きただけで、昨日のアレまで含め、これほど散々に書き立てられるというのか。ならば――


「学院保安部、現着!」

「学生諸君、これは見せ物ではない! 道を開けたまえ!」


 私の耳をつんざいたのは、野太い声の男たちだった。入学式後の騒動でかち合った際と、まったく変わらぬ出て立ちをしている。

 私は、先頭を切る男に頭を下げた。彼には、一応の面識があった。


「無許可掲出の落書があるとの報告を受け、罷り越した次第。此度は貴君には関係……あるといえば、あるのですな……。ご同行を願います」


 私を見、新聞の記事を見て、彼は肩を落とした。私は軽く首を傾げる。破り捨てるような真似は、働いていないのだが。

 すると彼は腰を落とし、私の耳元で告げた。


「ちくと、困りごとの一つでもあるので。後、ここでは耳目が集まります」

「……分かりました。レイラさん、今日はこれにて」

「……はい」


 私は、未だ横に立っていたレイラ嬢に別れを告げる。そして、またしても学院保安部に連行されたのだった。


 ***


「……と、すると。アレはあくまで学院無許可の、非合法な掲示物なのですね」

「ご理解いただけてなによりです。学院内で騒動が起こる度、ああして無意味無責任に煽り立てるのです。隠し撮りの被害も多数上がって来ておりまして、当方でも手を尽くして発刊元を突き止めんとしているのですが、手がかりが皆目……」

「それは困りますね……」


 学院保安部の詰め所は、校内でもとりわけ目立たない場所に、ひっそりと立っていた。学院の警備を一手に預かるというのに、なんともわびしく、そしてズタボロだった。今は温かいからいいが、寒い時期には隙間風にやられそうである。


『表舞台はあくまで学生のものです。それに我々が目立ちすぎると、学内が荒廃しているとご貴族の父兄に思われますのでな。このくらいがちょうどいいのです』


 例の彼――どうも一隊を預かっているらしい――は、胸を叩いて言う。

 しかし、世の中には士気の問題というものがある。もう少し便宜を図ってやってもいいのに……と私は老婆心ながら思ってしまった。


「正規の学内広報は月に一度、それも学内行事などに焦点を当てた立派な広報です。掲載許可を得て、正式に貼り出されます。間違っても、あのような非許可の、低俗卑劣なものではありませぬ。そこのところを、重々承知いただけるよう」

「ええ、承知いたしました。しかし……」


 私は不意に疑問を抱いた。

 たしかに、学内非合法・ゴシップ週刊誌系掲載物が嫌われるのは理解できる。だがそれにしても、正規への肩入れが少々熱すぎるのではないだろうか。

 文字通りの粗茶をいただきながら、私はそこのところをつついてみた。すると。


「ええ、ええ! 疑問はもっともであります! されど彼ら広報部は学内行事を駆けずり回り、時に熱く教師陣に問いかけ、この我々にも気配りを欠かさぬ、心熱き方々なのです! なのに、なのに……! 注目を受けるのはあのような卑劣なものばかり! これでは……」

「……なるほど」


 私は合点がいった。あのようなゴシップ誌が被害者を多発させていることもさることながら、正規広報の努力尽力が報われていないことにも、彼は義憤を感じているのだ。

 たしかに私も被害者の側ではある。だが、卑劣ゴシップ誌の煽りには悔しいながらも巧みさを感じてしまった。正規広報は未見ゆえに分からぬが、集める耳目に差があるということは、やはりなにかが違うのだろう。


「失礼。マリーネ・アイアン様、被害届の準備が整いました。ご確認を願います」


 肩肘を張ったいかにもな保安部員が、私にうやうやしく書類を差し出す。

 一通り目を通すが、誤字脱字は見受けられなかった。私が受けた被害――針小棒大な記事による名誉毀損と、盗撮行為――についても、克明に記されている。

 聞くによれば、この被害調書を取ることですら、はばかりを感じる学生もいるらしい。『どうしようにも、貴族にとっては恥ですからね』というのが、例の彼の弁だった。私のような人間の方が、珍しいという。


「ご協力、ありがとうございました!」


 保安部員の敬礼に見送られて、私は寂れた建物から脱出した。

 校舎へ戻る道中、私は考える。幾人かの方々への謝罪もさることながら、私の名誉自体も回復せしめねばならない。かのゴシップ誌を直接叩くことは不可能にせよ、どこかで私の考えを明らかにする必要があった。特に『暴虐令嬢』などというそしりについては、絶対に許しておけなかった。


「一度、広報部を訪ねてみようかな……。でも、その前に……」


 頭の中でやることを整理し、手順をまとめていく。こうなってしまった以上、もはや後には引けない。私は力強く、校内を彩る石畳を踏み締めた。

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