鋼鉄令嬢のとある一日 #3
動揺する私の前に現れた人物。彼とも彼女とも判別し難い人間に言われるがまま、私はとある建造物へと入っていった。
はっきり言えば、そこは研究所のような場所だった。よく分からない機械があちこちにあり、時に稼働していた。昼にもかかわらず、やや薄暗かった。
直感で思い出すのは、私が目を覚ました工房だ。自動人形技師の工房なので、いろんな機材が置かれていた記憶がある。だが、これほどまでではなかったはずだ。
「興味があるのかい?」
「ぴっ!?」
様々に視線を巡らせていたところに言葉がかかり、うっかり変な声が出てしまう。私は慌てて、首を横に振った。
「いえ……珍しかった、だけです……」
「そうか。残念だ。……おっと、自己紹介がまだだったね。私はこの
紫がかったショートヘア――王国貴族の娘にとって髪は女の命だが、私としては別に珍しくともなんともなかった――をいじりながら、白衣の人物が名前を語る。その正体に、私は真っ向から衝撃を受けた。
まさかのスプーナー家。トルン公爵家と対を成す、王国創建以来の名家の名前が飛び出すとは。私は慌ててあいさつを返す。それも、最高級のだ。
「アイアン伯爵家が一子、マリーネ・アイアンです。どうかお見知りおきを」
「ああ。そう構えなくてもいい。所詮私は三女の、期待のかけらもない端くれだ」
「はあ……」
さっぱりと行われた特大の卑下に、私はあっけにとられてしまった。そういえば、同級生の間で噂になっていた話がある。『三年生の中に、良家の身分を捨てたかのごとき令嬢がいる』と。人呼んで、『変人令嬢』であると。
「ついでに言うと、私への世間の評価は『変人令嬢』だ。こっちのほうが、聞き覚えがあるんじゃないかい?」
「あ、いや……」
思い出したところに、本人からの自虐めいた問いかけ。暗めの笑いも添えて、見事な空気感だ。これには私も戸惑った。心でも読んでいるのか、この人は。
「まあ、事実だよ。女の命すら手ずから切り落として、怪しげな仲間と怪しげな機材に取り囲まれている。これを変人と言わずして、なんという?」
「え、えと」
私の、悪いところが飛び出す。人間関係に乏しかったからだろう。こういう変則的な接近には対応ができないのだ。
そんな困惑を見て取ったのだろう。彼女は、ニヒルをたたえていた表情をわずかに緩めた。
「……ちょっと脅かしすぎたね。取って食うとかするわけじゃないから、安心したまえ。まずは掛けると良い」
「あ、はい……」
私は、自分が座ることさえ忘れていたことを思い出した。よく見れば、いくつか腰を掛けられそうな椅子がある。私は適当な椅子に腰を落とした。無論、彼女に失礼過ぎない程度の位置である。
「ほら、東方の極上茶葉を使ったものだ。飲みたまえ」
「ありがとうございます」
彼女の見た目からは意外なほどに、小綺麗なカップが顔を出した。意外だという顔を、私は隠し切れなかった。
「意外そうな顔をしているね。さてはフラスコやビーカーで飲料を出されるとでも思っていたかね?」
「そ、そんなことは」
心を読まれた気がして、慌てて弁解する。いくら見た目が娯楽本で見かけたマッドサイエンティストに近いからといって、失礼がすぎる。私は、自分で自分を叱りつけた。
「だろうね。私としては、酷く心外なことでもある。そもそも研究者が、研究道具を研究以外に使おうとするかね? 研究の徒として、あるまじき行為だよ」
彼女は口を尖らせる。心底から、そう思われるのは嫌いらしい。心を見透かされた気がして、私は頭を下げた。
「なるほど。失礼しました」
「やっぱりじゃないか」
しまった。これはカマをかけられていたのか。私は思わず頭を上げた。彼女は楽しげに、言葉を続ける。
「なぁに。別に謝罪なんて望んじゃいないよ。これは、私なりの心の開き方と近づき方でね。少々嫌がられる部類であることも承知している。さて、君はどうする?」
悪趣味。それが最初の感想だった。
おそらくは、そうして他人の考え方や偏見を引きずり出すのだろう。だが純粋に、会話に罠を仕込まれることが好みではなかった。
私の中に、ふつふつと対抗心が沸き起こった。なんとしても、乗り切ってやる。
「そう肩肘張らずに、気晴らしのつもりで相対したまえ。そもそも君は、なにかがあってあの場にいた。そうだろう?」
「……黙秘します」
先の会話の後に、わざわざ自分の落ち度を晒すバカはいない。信用度が地に落ちた以上、彼女に語る身の上は皆無に等しかった。
「賢明な判断だ。私に話した結果でなにかが起きても、それは話をした君の責任になる。いわんやそれが、他人にはばかるようなことならなおさらだ」
「っ……」
他人にはばかるようなこと――その言葉一つで、脳裏に先刻の光景が蘇った。壁に寄り添わされた身体。伸びてきた右腕。キメの入った微笑み。
好き嫌いの問題ではない。単に驚いただけだった。それだけのことなのに、なぜあんなに強く押してしまったのか。自分でも、分からなかった。
「しかし、君はなにかを悩んでいるようにも見受けられる。ここは一つ、話してしまうのも一手ではないだろうか。老婆心ながらの、提案だがね」
そんな私をえぐるように、ヴェロニカ氏から手が差し伸べられる。しかし私は、なおも迷った。そんな私に向けて、彼女は語り始めた。
「マリーネ・アイアン。入学当初から売り出し中の、気鋭の令嬢」
「な、なにを」
「入学式にてトルン公爵家令息を鉄拳にて粉砕。その直前にメイスフィールド伯の令息の足を刈り倒す。救った乙女には見事に懐かれ、ついでに保安部に御用とされる」
「っ……」
流れるような事実の陳列に、私は舌を打つことしかできない。そしてそれすらも意に介さず、彼女は言葉を続けた。
「過日の仮面舞踏会、大立ち回りを演じていたのも君だったね。いやあ、傑作だった。あのカッタータ・トルンが、顔を白黒させていたよ。よくもまあ、怒りを堪えたものだねえ」
「な、なにが言いたいのです」
「なにも。ただ、あえて言うのならば。私の目と耳はよく利く、ということを覚えておいた方がいい」
「はあ……」
私は大きく息を吐いた。東方茶葉による飲料を一息に飲み干し、苦味を吐き出すように、すべてを打ち明けた。
今しがた、ジョッシュ・メイスフィールド氏を突き飛ばしてきた。その事実をだ。
「あれま」
彼女は心底意外そうに、口を開いた。
「するってぇと君は。かの公爵令息との間に立ってくれそうな味方を、自分の手で突き飛ばしてしまった。ってのかい?」
「……そうなります」
私はうなだれる。続く言葉は予想がついた。私の愚かな選択を、きっと彼女は――
「なるほどね。これで、最後のピースがつながった」
「はい?」
意外な言葉だった。ヴェロニカ氏の濃い灰色の目が、ギラリと光る。私はあざ笑われることはなく、話は想定外の方向に進んでいった。
「君が生き人形――魂の入った、【魔導制御式・自動人形】である――という事実は、入学式の事件ですでに判明していた。ゆえに私は興味を持ち、君の身辺をサロンのみんなに調べてもらった。ああ、そうそう。先ほど怪しげな仲間と言った通り、私の仲間は誰も彼もが一癖ある者たちだ。調査については、造作もなかったよ」
「……」
私はおののいた。身辺という言葉の意味を察せないほど、私は無能ではない。それはおそらく、私ではなく、マリーネ・アイアンの――
「私は、ある仮説を立てていた。なに、生き人形にはよくある話だ。今回もそれではないかと考えていた。そして、先の問答で合点がいった。我々の知った彼女なら、今の君には至っていない」
私は黙りこくった。次に言われる言葉は、もはや想像するまでもなかった。事実ヴェロニカ氏は、一言一句違うことなく、私の想像通りの言葉を吐いた。
「君は、マリーネ・アイアンではない。そうだろう?」
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