第三話:鋼鉄令嬢のとある一日

鋼鉄令嬢のとある一日 #1

 この私、いやセディー寮の朝は早い。五刻半には、起床の魔導放送が鳴り響く。目覚めを促す音楽が、私たちを夢の奥底から引き上げるのだ。隣同士のベッドで、レイラ嬢――親愛なる友人、レイラ・ダーリングとささやき合う。


「くぁ……もうちょっと」

「そうはいきません。起きてください」

「そんにゃあ……」


 毎度お決まりのやり取りを経て、音楽が激しくなりかけるところで身を起こす。

 ここで起きないと寮監から名指しで部屋番号を呼ばれ、かなり恥ずかしい目に遭ってしまう。減点こそはないものの、食堂で小っ恥ずかしい思いをするのは避けたかった。


「おはようございます」

「おはようございます」

「じゃあ、今日は私が先に」

「ええ、どうぞ」


 毎朝の身支度は、双方が交互に行っている。これは入寮初日に取り決めた約束だった。順番程度で揉めるようでは、お先真っ暗案件だからである。

 ちなみに本日は私が先の日だ。洗面所に入るとウィッグを取り替え、常の髪型たる金髪縦ロールツインテールに戻す。後は顔を洗って歯を磨き、装いを寮服に整える。ここまでが一連の流れだった。

 ウィッグを使わないという手もあるが、そうするとおおよそ半刻はかかる。これはお互いによろしくないということで、私の脳内会議がウィッグという結論を出していた。


「お待たせしました」

「いつもお早いですね」

「なるべく手短にと思いまして」

「ありがとうございます」


 身支度の順番を交代すると、今度は掃除だ。六刻過ぎまでには部屋の掃除を終え、共用部分の掃除にも当たらねばならない。

 布団の処理の手間などを考えると必然、普段から部屋の使い方にも神経を巡らせるようになっていた。


「ベッドメイキング、よし……。机上整理、よし……」


 多少神経質になってでも、ベッドの片付けには神経を使う。食事の時間を使って寮監と一部の学校職員が訪れ、検査を行うからだ。

 違反物についての検査もこの時行われ、発覚しようものなら大問題となる。少なくとも同階層は連帯責任、最悪の場合寮全体が連帯責任で月一回の休日外出が禁止となる。そうなれば、寮の全員に睨まれることは請け合いだった。


「おはようございます」

「……おはようございます」


 共用部分の掃除には、同階層の仲間たちで当たるのが習わしだ。今回我々七階組には、集会場の清掃が当てられていた。未だに心理的距離がある私たちとはいえ、掃除ぐらいはやり遂げられねば。


「ちりとり、構えますね」

「あ。ありがとう」

「楽器の移動、手伝いますね」

「……助かります」


 だからというわけでもないが、私は掃除には積極的に取り組むようにしていた。共同作業自体がそうそう多いわけでもないこの寮で、仲間との距離を詰める最大のチャンスだからだ。そのかいがあるのかどうかは、今のところは分からないのだが。


「……いただきます」

「いただきます!」


 そんなこんなで掃除が終わると、息つく間もなく朝食となる。六刻半から七刻までの間に食べ終わらないと、登校までの余裕がなくなってしまう。必然、皆食事に集中していた。


「……」

「……」


 私とレイラ嬢も、ご多分に漏れずのありさまだ。しゃべるのは後でもできるし、なにより私は前世の経験から黙食も孤食もお手の物だった。寂しいと思ったことは多々あるが、多くは望めなかった。

 その記憶が、まさか転生してから役に立つとは。世の中、わからないものである。


「ごちそうさまでした」


 全員が声を揃えて、完食の挨拶をする。これもまた、セディー寮の伝統だ。食事を担当する職員たちに頭を下げながら、私たちは整然と自身の階へと戻っていく。

 すると今度は、自由時間という名の登校準備が待ち受けていた。


「仮面舞踏会から早くも十日、ですか」

「……またあの舞踏会の話ですか?」


 三日と空けずに繰り出された過日の話題に、私は露骨に顔をしかめた。しかしレイラ嬢は、どこ吹く風といった様子で私の肩を叩く。


「またまた。そうおっしゃらないでくださいよ。あの日のマリーネさん、凄かったんですから」


 我ながらノリと勢いでとんでもないダンスを披露してしまったことは認めよう。しかしいくら二人きりの自室とはいえ、仮面の下について言及されるのはちょっと困る。仮面の下は詮索無用、があの舞踏会のルールだったはずなのにだ。

 だから私は、少しだけ仕返しをすることにした。


「そういうレイラさんだって、先日、休みの日に御実家へ呼び出されていたじゃないですか。特別に外出許可まで頂いて」

「ああ、その件ですか。それを言われますと、ちょっと苦しいですね。まあ、その。あの舞踏会の後に二、三、縁談の打診が来たようでして。話をまとめ始めてもいないのに、気が早すぎるのですよ」


 レイラ嬢が、顔をほんのりと赤らめる。なるほど、満更でもないが気の早さに困り気味、といったところか。それでも良縁は彼女の望みでもある。ごちそうさまとさせてもらいつつ、もう一歩踏み込んでみよう。

 ちなみに、この世界で一週間にあたるのは六日となる。五日勉学に励んで一日休む、というのが私たちの生活サイクルだ。なので、本日四の月十五日はちょうど週と月の半ばとなる。入学式が三の月の終わりだったので、おおよそ半月が経過した格好だった。


「しかしそのご様子ですと満更でもないようで。さては、良いご縁がありましたかな?」

「もう! あまりからかわないでください! 支度しますよ!」

「失敬失敬」


 顔の赤みが濃くなりつつ、少々強めに怒られる。うん。これ以上の追及は手仕舞いとしよう。

 ブレザーに着替えて荷物を確認し、身支度を整えれば、後は登校するばかりだ。その後は若干の休息の後、午前中の学業となる。


「今日も朝から授業が詰まっておりますね」


 時間割を見て、私は少々愚痴を垂れた。少し前には学業ができるだけでも喜んでいたはずなのだが、人間というのは実に現金なものだ。いや、実際には私は人間ではないのだが。


「なにをおっしゃいますか。良家子女、良妻賢母にとってなに一つ欠かせるものではありません。さあ、励みますよ」

「私としては、身体を動かせるほうが好みですね……」

「お気持ちはわかりますけどね」


 レイラ嬢に背中を押されつつ、私はブルーグループの教室へと向かう。本日は座学が多めなので、若干気が重かった。さっきも言ったが、本当に贅沢な話である。

 ただあえて言わせてもらうと、勉学も運動も、どちらも前世にはなかった大きな喜びである。だが、後者のほうがより大きいというのが素直な感想だった。

 とはいえ、サボるわけにはいかないので粛々と事にあたる。事実始めてしまえばどうにかなるのも、また私だった。そうして私は、午前の座学をこなし――


「失礼。こちらのグループに、マリーネ・アイアン嬢がおられるはずですが」

「はい……?」


 抱いていた安寧と食欲への希望を、茶髪の、紳士然とした令息によって打ち破られた。

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