鋼鉄令嬢と仮面舞踏会 #3

 三日というのは、早いものである。日々の座学を含めれば、なおさらだった。

 起床就寝及び、生活時間を守りながらの特訓が、どれだけ難しいものになるのか。今回ばかりはそれを思い知った。

 なにせ、こっそりやらかせば寮監のお世話になってしまうのだ。そんなことになれば、当然面倒である。


「とはいえ、マリーネさんは頑張りました」

「ありがとう……」


 当日、登校前の最後の時間。私はレイラ嬢からお褒めの言葉を賜っていた。後は、本番で変に緊張しない。それだけに尽きる。

 午前の授業の間も、新入生歓迎会の間も、脳内にステップと着付けを踊らせておく。もはやできることは、それしかなかった。


「もちろんですが、私も頑張らせていただきます。負けませんよ?」

「そもそも負けないと思いますけどね……」


 いたずらっぽく微笑むレイラ嬢に、私はやや呆れ気味に返した。しかし彼女は次の瞬間、いたって真剣な顔を見せた。


「私とて、この舞踏会が良縁への一歩ですから」


 彼女のまとったオーラが、やにわに変わった。そうか。レイラ嬢は貧乏男爵家の出。家のためにも、良縁を射止めなければならない立場だった。まったく、私としたことが。


「成功をお祈りしています」

「ありがとうございます」


 この三日間、彼女もまた必死だった。私はそれを知っている。

 私に対して男役までもこなす徹底指導ぶりのかたわらで、寮監による魔導監視の目をかいくぐってまで自身の習熟にも取り組んでいたのだ。

 家伝の舞踊服を自身に合うように整え、仮面の微調整までも行っていた。私が疲れて横になっている折に、自身のステップを再確認していた。おそらくその鍛錬は、私以上に行われていただろう。それが、彼女の覚悟なのだ。


「舞踊服は、整えましたか?」

「はい。母上から頂いたものですが、絶対に輝かせてみせます」


 レイラ嬢……いや、今においては教官と呼称すべきだろう。

 なにせこの三日間、特訓は熾烈を極めた。機械の身体だったがゆえに可動域はどうにでもなったが、それでも絶え間ないステップの練習は身体を痛めつけた。

 それに加え、ヤマを張ったとある曲目に対する練習も、またキツいものだった。


『このくらいでへばっていたら、誰一人として驚かせませんよ?』

『っ!』

『驚かせない以上、ブレンドンさんに助けてもらう他ありませんね? 泣きつきますか?』

『おこと、わりです……!』

『その意気です。さあ、立ってください。時間は待ってくれません。基礎のステップから、もう一通りお願いします』


 黒髪をポニーテールにまとめた教官は、まことに鬼だった。語気を荒らげたりはしないものの、笑顔をたたえて私を脅し、奮起を促すのだ。病院で見かけた、リハビリ現場もかくや、といった具合である。


『ドレスの構造を理解してください。おそらく、互いの着付け合いになると予想されます。手際が悪ければ、それだけ他の準備に影響しますよ』

『はい!』

『曲のリズムを身体で覚えてください。頭で記憶するだけでは、応用が効かなくなります』

『はい!』


 基本の反復、曲目の叩き込み。そして仕込みの作り上げと、ドレスの着付け。

 わずかな時間で詰め込むには、相応の厳しさ、そして努力と執念が必要だった。

 しかし私は、曲がりなりにもやり遂げた。その事実が今、ほのかな希望の光となっている。


「私なりに、でき得ることはすべて教えたつもりです。これで曲目の予想が外れていたりするならば、それはもはや運命です」

「……仮に運命だとしても、私は足掻くと思います」

「その意気です」


 私が言い返し、レイラ嬢がうなずく。

 そうだ。仮に運命が私を押し潰そうとも、できることだけは絶対にやる。無意味に押し潰され、後から嘆くような真似だけは絶対にしない。そのために、レイラ嬢からの指導を全うしたのだ。


「ですが、身体はこわばっていますよ」


 不意に、肩へと手が置かれた。レイラ嬢の手は、決して大きくはない。だが、不思議な温かみがあった。二回、三回と両肩に圧力がかかる。ほとんど反射で、身体が緩んだ。それを見て、レイラ嬢は笑みを浮かべた。


「……ふふっ」

「どうしました?」


 あまりにたおやかな笑みに、私は疑問符を浮かべた。しかし彼女は、笑みのまま私に応じる。


「いえ。本当に、限りなく人間に近いのですね。あなたが生き人形だというのは、あの日にわかっていましたのに」

「……正直なところ、自分でもよくわかっていません」


 私は、素直に白状した。生き人形として作られた『マリーネ・アイアン』の部分と、そこに入り込んでしまった魂たるが、未だに混在しているのだ。

 時折妙に人間臭い部分が現れるのは、それが原因だろう。それが私の、予想だった。とはいえ、私にはまだそれを打ち明ける勇気はなかった。


「魔導には、未だ不明な点も多いですからね。そういうことなのでしょう」


 レイラ嬢はそう言って、話を打ち切った。

 刻時機を見れば、またも運命の時が近付いていた。今日は荷物もひときわ多い。支度には、念を入れる必要があった。


「確認、し直しましょうか」

「はい」


 私たちはもう一度荷物箱を開いた。スーツケースに似た形はしているが、引きずって運べるような機能はない。肩や背中に担ぐか、付き人に持たせるか。私たちの選択は必然、前者だった。


「こういう日ぐらい、馬車の一つでも出してくださってもいいですのに」

「一年生は、とかく苦労するのが役目らしいですから」

「『一年地べた、二年椅子、三年玉座』ですか」


 レイラ嬢が、デラミー校に伝わる古い通り文句をのたまう。

 私たちは、揃って苦笑を浮かべた。苦労が人間を鍛えるという理屈理念は分かるが、それも適度にしていただきたいものである。


「いっそ、歓迎会の後に取りに来ますか?」

「それは……時間が惜しいですね」

「そうおっしゃると思いました」


 レイラ嬢の声に、私はうなずく。口には出さなかったが、懸念はもう一つ存在した。かの令息が、荷物に細工をしないという保証がないのだ。隙を突かれるにしても、万全は期しておきたい。荷物を手元から離したらやられていました、ではあまりにも迂闊うかつがすぎる。


「……問題なし」

「こちらも」

「では、参りましょうか」


 少し早いが、私たちは部屋を出ることにした。移動の号令が掛かるまでには時間があるが、そこそこ大荷物を運ぶのだから許して欲しい。


「お互い、頑張りましょう」

「ええ」


 部屋を一歩踏み出せば、廊下にはすでに列ができていた。みな、考えることは一緒なのだ。

 私は苦笑いを浮かべると、レイラ嬢とともに最後尾へとついたのだった。

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