鋼鉄令嬢と仮面舞踏会 #2
「曲目を直前で組み替えるですって!?」
「シッ、お声が高うございます。場合によっては、ということで、まだ確定したわけではありません」
「失礼しました。つい」
声を高くしたレイラ嬢に、茶髪の少年が言い添える。彼いわくカフェテリアでは人目につくということで、私たちはアリーナの地下へと移動していた。
しかしそこで告げられたのは、衝撃の陰謀だった。
「ですがカッタータ様は、王家に連なる公爵令息。立場を悪用し、マリーネ嬢に自身と同等の辱めを与えんと目論んでいます」
「なんてこと……」
「……」
先ほどから、私よりもレイラ嬢のほうが感情を豊かに、上下動させている。
では、私は動じていないというのか。否だ。逆に、動揺しすぎてコメントの一つさえ返せない状況にある。あの令息が、まさかあまりにも姑息な企みを用意するとは。とんでもないろくでなしだった。ともあれ、私も口を開かなくては。
「ブレンドン・オブライエン……さんでしたか」
「ブレンドンとお呼びください」
茶髪の少年は、紳士然と答える。ピンバッジの勲章は私たちと同じ学年を示しているのに、なんと大人びているのだろう。私から見ても、立派な紳士ぶりである。
しかしそっちを詮索しても話は進まない。聞くべきことは、別に存在した。
「ではブレンドンさんとお呼びいたします。なぜ貴方は、その話を私たちに。そもそも、陰謀の件をどうやって」
「たしかに。では、そのそもそものところからお話しましょう。私の父、その主君はメイスフィールド伯爵と申します。私は伯爵の令息、ジョッシュ・メイスフィールド様の家臣になるべく育てられました」
「メイスフィールド家……。記憶が確かならば、トルン公爵家の派閥に属しておられたかと。なるほど。ある程度は飲み込めてきました」
またも私に代わってレイラ嬢が口を開く。だが今回ばかりはありがたい。私にはどうにも分かりづらい、宮中の勢力事情だからだ。
「話が早くてなによりです。ジョッシュ様もまた、カッタータ様のサロンに所属しておられます。ですが、今回の企てには異論を抱いております」
「なぜですか?」
私は問う。取り巻きでありながら主君を諌めず、策に対して反意を抱くなど、半ば裏切りではないか。
「早い話が、今回ばかりは呆れているのです。しかし、カッタータ様はこの件に限っては誰の忠告も聞き入れません。ひたすらに報復を叫んでおられます。ならば」
「やらせてしまって、失敗させたほうが話が早い。でしょうか?」
「ご明察です。そこで私が、選ばれました。引き立て役にも推挙されましたし、この通り、妨害の役目も承っております」
レイラ嬢の切り込みに、ブレンドン氏が胸を張った。
しかし私の思考は、前半部分にこびりついた。誰が発案したかは知らないが、なんとも陰険なやり方ではないか。ただでさえまごつきかねない私を、より素晴らしいダンスで際立たせるだと? なんだか腹が立ってきた。
「……ブレンドンさん。たしかに私は、あの令息に恥をかかせました。その報復に仮面舞踏会を使うというのも、たしかに適切でしょう。しかし、他の生徒まで巻き込みかねないのは」
「マリーネさん」
彼に食ってかかろうとした私に、レイラ嬢が待ったをかけた。
「仰るとおりです」
ブレンドン氏が、暗い表情で口を開いた。私の怒声を、全て受け止めている。直感が、そう言っていた。
「でも。だからこそ。僕と僕の主君は、貴女を救いたいのです。ともかく。今の時点で、僕からできるのはここまでです。演目の発表は直前になるでしょうが、中級、あるいは上級曲をいくつか覚えていたほうが良いかもしれません」
「……」
私はなおも、彼を睨む。レイラ嬢が横から、承知した体のジェスチャーを発していた。
「そもそも、新入生歓迎会における仮面舞踏会においては、一曲程度は難しいものが入れられていたと記憶しています。ですから、私は事前に教授を受けました」
「ほう。それは心強い。ですが」
心底からといった風に、彼は感心してのける。しかし途中で、彼は言葉を一拍置いた。思わせぶりな言動が、やはり私を苛立たせる。
「仮面舞踏会には、殿方が必要になります。その辺りを、お忘れなく」
これみよがしに、蝶を模した仮面が落ちた。青を基調とした、けばけばしいものである。ブレンドン氏は何事もなかったようにそれをすくい上げると、私たちに向けて一礼した。
「失礼します」
それきり彼の姿は、遠ざかっていく。私たちは、彼が見えなくなるまでその場を動けなかった。
***
時は十八刻近くになっていた。本日も訪れた自主勉学の時間を、私たちは先の会話を受けての話し合いに当てていた。
勉学と言ってもある程度の幅は保証されており、特に学校行事への取り組みについては別段糾弾されることもない。これは寮監も太鼓判を押していた、セディー寮のルールである。
「
「ええ。思い出すだけでも腹が立ってきます」
レイラ嬢の問いに、私は返す。あの少年の顔を浮かべる度に、黒幕たるかの令息への怒りがこみ上げる。
「同等の恥をかかせるなどという歪んだ復讐心のために、同級生全員を巻き込みかねない企てを目論む。あまりにも見下げ果てた精神です」
私は、怒りの炎を立ち上らせた。
ハッキリ言えば、それを『救いたい』などという上から目線でやって来たブレンドン氏にも、その直属上司たるジョッシュ氏とやらにも腹を立てている。私の意志が、どこにもないのだ。
「……見返したいですか」
「もちろんです」
私はうなずいた。もはやこの件は、男性への抵抗云々などとは言っていられない事態である。
故郷で仕込まれた際に組み合わされた、むくつけき家臣たち。同級生は、彼らよりは若い。その現実に、すがるほかなかった。
「良かった」
見目麗しきレイラ嬢の顔が、花のようにほころんだ。彼女は自身の勉強机へと赴くと、一冊の分厚い本をテーブルに置いた。
「これは」
「舞踊の教本です。父が買い与えてくれたうちの、一冊になります。ですがこれをもってしても、すべての曲は網羅できておりません」
黒髪を垂らし、彼女は一瞬伏し目がちになる。だが次の瞬間には顔を上げ、とあるページを開いた。そこには楽譜と、ステップと思しきものを描いた絵図があった。
「単に恥をかかぬだけでしたら、基礎の上にいくつかの曲を飲み込んでおけばいいでしょう。ですが、見返すとなれば」
銀の瞳が、私を見据える。私は応じて、
一度吐いたつばは、なにがあろうと飲み込めない。いくら人付き合いのとぼしい私でも、そのくらいのことは理解していた。
「一曲にすべてを賭け、全力で磨き上げる他ないでしょう。特にこの曲は」
レイラ嬢が、曲の上に手を置く。続いて口角が上がる。ニヤリという擬音が、私の耳には聞こえた気がした。
「解釈のしようによっては、誰もをアッと言わせ得るものになります」
私の喉が、ハッキリと鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます