鋼鉄令嬢の御入学 #3
堂々とカフェテリア、ひいては大講堂を退場したまでは良かったものの、本校舎から脱出する頃には日もすっかり傾いてしまっていた。
結局、退学もロケットパンチの封印も避けることはできた。しかし、しばらくの間は重点監視を受ける身分である。次になにか大立ち回りを演じてしまえば、即座に処分する旨を通告されてしまった。
「むう……かなりきゅうきゅうに絞られてしまった……。まずは……」
疲れた心身を引きずって本校舎から大講堂へ戻り、入学式前に預けていた荷物を回収する。一年女子寮の位置も伺って、ようやく一つ息をついた。
「入学早々に大立ち回り。ついでに保安部も出動。噂っつうか、
「あはは……ご迷惑をおかけしました」
「なぁに。俺らとしちゃあ多少は元気があったほうが……おっと、これは内緒で」
預かりの職員に声を掛けられて恐縮したりしつつ、私は寮を目指す。送り迎えの乗り物などという優雅なものは、一年生には与えられない。四半刻――我々で言うおよそ十五分ぐらいだ――は掛かる距離を、ひたすらに歩いて行くのだ。
夕暮れ時に一人で徒歩を行くのは、少々寂しい。寂しいが、泣き言を言っているとそのうち夜になってしまう。そうなれば余計に寂しい。結局のところ、歩く他に道はなかった。
「……遅く、なりました」
そんなわけで、私は息も絶え絶えになりながら道を歩いた。いくら機械の身体とはいえ、元病弱の魂にこれはきつい。父に鍛えられたとはいえ、生来からの問題はそう簡単にはいかないのだ。
「一年。ブルーグループ所属の、マリーネ・アイアンです」
「待っていたわよ。いきなり指導室へ呼び出されたと聞いて、てっきり今日は帰って来ないものかと覚悟していたわ」
「ええっ」
一年女子寮――正式名を『セディー寮』という――の門前に立つ寮監に向けて挨拶すると、驚きの言葉が帰ってきた。
「当たり前でしょう。入学早々に大立ち回りの悪目立ち。学生によっては実家呼び出しの上、即刻引き取りまであり得る案件よ。よくもまあ、無事で済んだものね」
うねるような金髪を誇る寮監が、私に辻説法を浴びせてくる。厳しくはないが、心をえぐるような鋭さがある。
ようやく私は、自分のやったことの大きさを実感した。どうやら私が想像していたよりも、はるかに窮地にあったようである。
「あ、あはは……」
「ま……話を聞く限りでは相手方にも良くない所はあったみたいだし、生徒指導もまだまだ捨てたもんじゃないってことね」
引きつり笑いを返す私の肩を、寮監が軽く叩く。改めて見れば、この場にいるのがもったいないほどの器量良しだった。いったいいかなるいきさつで、ここの寮監におさまったのであろうか。
私を見る目にも、どこか懐かしむような感じが見受けられる。もしや、デラミー校の……いや、他人の詮索は程々にせねば。先ほども、それで失敗したばかりではないか。
「さぁ。立ち話は程々にして、寮に入りましょう。少々古いし質素だけど、女子が暮らしていける程度のものは備わっているわ。わがまま放題とはいかないけどね」
「ありがとうございます」
私は寮監に一礼した。たしかに、目前に見える建造物は大変に古めかしく見える。
私の言葉で形容するのならば、『デザイン要素の少ない、昭和時代の公共施設』といったところであろうか。事実上の自宅だった、前世の病院にも似た風情があった。
「ルームメイトも待っているし、付いて来なさい。一人で行くと、なにが起こるかわからないから」
「承知しました」
寮監の目立つ髪を追いながら、私はセディー寮へと入る。事務室で簡単な手続きとシステムの説明を終えると、いよいよ本格的に案内が始まった。荷物を抱えつつ、静かな寮内をあちこち巡る。いや、ちょっと静かすぎないか。
「今は自主勉学の時間だからね。まあ、今日だけは荷物の整理と室内交流の時間に当てているけど、部屋から出るのが禁止の時間になっているわ。ちょうどよかった。あと一刻もずれていたら、またまた注目に晒されたでしょうね」
「なるほど……です」
懸念がたまたまの幸運にしかすぎないことを示され、私はうなだれた。結局のところ、騒ぎの種には事欠かなさそうな予感しかない。
案内は滑らかに進み、二階へと差し掛かった。一階には食堂、大浴場、集会場と、いくつかの学生部屋があった。二階には談話室、図書室、自習室と、またいくつかの学生部屋がある。私が一年を過ごすことになる部屋は、最上階、七階にあるということだった。
「三階から上は、もう学生の部屋しかないわね。寮監……つまりアタシが常に魔導監視しているから、下手なことは考えないように」
「はい……」
寮監からのありがたいご注意を賜りつつ、私は階段を上る。エレベーターなどという優雅なものは、この寮には存在しないのだ。
先ほどの歩きとダブルパンチで身に堪えるが、私は魂に強いて歩みを進めた。
「なにか質問はあるかしら?」
私を気遣ってのことだろう。寮監が唐突に口を開いた。
しかし今の私に、質問を考える余裕はない。むしろ寮監のタフネスに驚くばかりだ。ペースが落ちるどころか、息も切らしていない。毎日上れば、こうなるのだろうか。
「特にないようですね。参りましょう」
寮監は淡々と、私は足を必死に動かしてようやく七階にたどり着く。これを毎日繰り返すことを思うと、少々気が遠くなりそうだった。
静けさのせいか少々寂しささえ感じる廊下を歩き、一番端の部屋にたどり着く。ここまで来てようやく、寮監が歩みを止めた。
「お疲れ様。少し遠かったけども、大丈夫かしら」
「え、ええ。まあ」
弱音を吐くわけにはいかぬと己に強いて、私は返事した。
魂に引きずられるのは簡単だが、私はマリーネ・アイアンなのだ。生き人形なのだ。機械の身体である以上、そう簡単にぶっ倒れるわけにもいかなかった。
「では、開けますね。二人部屋だから、ルームメイトとは仲良くするように。転室は、そうそう簡単には受け付けませんので」
寮監が静かに部屋の戸を叩く。最後の注意は、システム説明でも行われたものだ。病院暮らしの長い私にとっては、その辺りは造作もないことではあるのだが。
「はい」
「寮監です。同室の方が、お見えになりましたので」
ドアの向こうから、声が聞こえる。私は息を飲んだ。転室が難しいことは承知の上だが、最初を間違えると印象は最悪になる。ブレザーの襟を軽く握り、部屋が開くのを待った。
「どうぞ」
数分間とさえ思えるようなわずかな間のあと、ドアが静かに開いた。その向こうにいたのは、見覚えのある顔――
「え」
「お待ちしておりましたよ。マリーネさん」
その黒髪、その銀の瞳。見間違えるはずがない。現れた見目麗しき少女は、男爵令嬢レイラ・ダーリングその人だった。
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