鋼鉄令嬢の御入学 #2
デラミー校、カフェテリア。中庭を囲むような形で存在するいくつかの施設のうち、大講堂と呼ばれる大型アリーナの一階にそれはある。
先ほど大講堂で入学式を終えたばかりだというのに、私たちはまた同じ建物に戻っていた。ありていに言えば、あの中庭で話すには身がもたなかったのだ。
「そ、それで。レイラさん、でしたでしょうか」
人が百人は入れそうな広さの中、私と対面者の周囲には、異様な空席が生まれていた。つまるところ、私は遠巻きに観察されている。入学早々に悪目立ちしてしまったことになるが、一体全体どうしたものか。
「はい、レイラ・ダーリングと申します。ダーリング男爵家の、三女になります。この度、デラミー校に入学しました」
そんな私の焦りをよそに、対面者――レイラ・ダーリング嬢は、丁寧な座礼を披露した。長い、絹のような黒髪が銀の目にかかり、軽くかき上げる。ふわっと漂う香りは、整髪料かなにかだろうか。私の、生き人形ゆえの金髪縦ロールウィッグに比すれば、はるかに生き物のそれらしい。
私は彼女をまじまじと見た。なるほどなるほど。たしかに彼らがナンパに及んだのもわからないでもない。
眉の上で切り揃えられた黒髪は織物のようだし、メイクも自然でありながらバッチリと決まっている。前世では縁がなかっただけに、大いに眩しい。
なにより印象的なのは瞳の銀色の輝きで、見据えられている私のほうがドギマギしそうだ。事実、魂に引きずられる形で、私のバイタルは異常を訴え続けていた。
「あ、あの。顔が火照ってるようですが」
「あ、だ、大丈夫です」
レイラ嬢が私を心配げに見つめてくる。ありがたいことではあるが、かえってダメになってしまう。勘弁して欲しい。ひとまず、自己紹介でお茶を濁そう。
「マリーネ・アイアンです。先に名乗った通り、アイアン伯爵家の一子です」
つとめて丁寧に名乗り、呼吸を整える。他人と語らった経験、人に囲まれた経験のとぼしい私には、これだけでも一苦労だった。
「ああ、あのアイアン伯爵家ですね。存じております。軍の調練においては、相手が公爵家でも一歩も引かぬという噂。当方でもよく聞き及んでおります」
「ご存知でしたか。私としましても、当家の名声は鼻が高いものです」
半ば手探りの会話が続く。私はどう切り込むか考える。きっと目の前の令嬢がしたい話は、このような美辞麗句のやり取りではないはずだ。どこかで踏み込まなくては。
「え、えと」
「あの」
そんな調子だったからだろう。踏み込もうと発した言葉は、相手とまったく同じタイミングになってしまった。自分にばかり、気を張っていた結果がこれである。どうぞと譲って、見目麗しき令嬢の言葉を待った。
「あの、その。先ほどはまことにありがとうございました!」
令嬢が立ち上がり、髪をなびかせて深く一礼する。一礼と言っても淑女のそれではなく、いわゆるおじぎというやつだ。とはいえ、いくら対人経験にとぼしい私でもこれは分かる。彼女なりに、最上級の感謝を示しているのだ。
「いや、私も絡まれてしまいましたので。そのまま勢いでやってしまいました」
「そんな。あんなにカッコいい……あ……」
私の謙遜を否定しようとして、彼女が顔を真っ赤に染めた。うっかり素が出てしまった、という風である。細い指をした手で顔を隠し、ブンブンと横に振っている。
ううむ。これはもしや。周りもややざわついている気配がする。どうしたものか。
ええい、倒れて終われるのならば、私が倒れてしまいたい。とりあえず、周りを追っ払ってしまおう。私はとっさに、右腕を天に掲げた。さっきのアレを見た人間なら、あるいは。
「やべっ!」
「だから聞き耳立てるのは良くないんだって!」
「逃げろ逃げろ。本気でぶっ飛ばされたら死んんでしまう!」
「誰か保安部呼んで来い!」
計画通り。野次馬たちは三々五々にカフェテリアから去って行く。機械の身体も便利なものだ。ともあれ、広いカフェテリアには二人だけになった。
「……」
いや。なってしまった。と、言うべきかもしれない。してしまった。と、言い換えてもいい。目の前に立つレイラ嬢の瞳が、誇張表現でないほどにうるんでいた。顔は赤らみ、上気している。これは、やはり。
「え、と、その。私、あなた、に興味、津々、でして、はい……」
モゴモゴと、彼女が口を開く。しかしそれは、私が予感したものとは幾分かずれていた。
もっとこう、直接的……端的に言えば百合的な発言でも飛び出してくるのではと身構えていたのだが。ちなみにアレだ。そちらの知識は娯楽本で摂取した程度しかない。ないったらない。
「興味津々」
私は、オウム返しに返事をした。内心では、自分の先走りを大いに悔いていた。そもそもここは異世界で、価値観だって現世と違うのだ。その手の事案が、神に反するものだったとしてもおかしくはない。
「はい……」
私の動揺をよそに、彼女から言葉が返ってくる。ああ、やはり野次馬を追い払っていてよかった。衆人環視のもとでこんな状況を迎えていたら、私は
「ですので、もしもよろしければ……」
「学院保安部、現着!」
彼女の続けざまの言葉は、しかし不意の蛮声に阻まれてしまった。そちらを見れば、古めかしい装備に身を固めた人々がいた。資料か何かで見たが、中世ヨーロッパじみた武装だった。
さすがに槍や銃こそは持っていないものの、全員が
「私は逃げも隠れも致しません。捕まえたいのでしたら、ご自由に」
「では、生徒指導室までご同行を」
「承知しました」
私が恭順の意を示すと、先方――学院保安部と名乗っていたか――からも最上位と思しき人物が出て来た。方策を示されれば、同意する他になかった。
「マリーナさん!? そんな、この人は……」
「構いません。私はやりすぎました」
私をかばおうとする彼女に、冷静な言葉を返す。とっさのこととはいえ、やはりあの構えを取ったのはやりすぎだったのだ。一日に二度も狼藉を働いた以上、指導を受けるのもやむをえまい。
「うう……」
彼女がすすり泣く音が聞こえる。きっと心の底から私の身を案じてくれているのだろう。私とて、はっきり言ってしまえば不安だった。
だが今回の構えはともかくとして、先の一撃については道理に反するところはないと自負している。あの先輩をぶん殴ったのならともかく、額を突っついただけで罪状に上げられたらたまったものじゃない。だから、あくまでも堂々と振る舞うのだ。
「見せ物じゃない。見物人は戻りなさい」
未だ様子をうかがう野次馬どもを散らしながら、護送の隊列は本校舎へと進んでいった。
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