鋼鉄令嬢~その令嬢は機械の身体で青春を謳歌する~【第一部・完】
南雲麗
第一部『入学編』
第一話:鋼鉄令嬢の御入学
鋼鉄令嬢の御入学 #1
「距離三〇〇……三五〇……」
魔導機械の
始めに言っておく。私は機械の体を持っている。より正確には【魔導制御式・自動人形】というらしい。つまるところ、魔法で動く機械の体というわけだ。では『私』とは、一体なんなのか。さっくり言えば、この自動人形の『魂』である。
私……伯爵令嬢マリーナ・アイアンには、前世の記憶がある。とは言っても、あまり大したものではない。病弱で、色白で、だいたいいつも点滴に繋がれていて。生涯のほとんどを、病室で過ごして寂しく死んだ。その程度の、さして重要でもなかった人生の記憶だ。
それがどういうわけか異世界の、からくり人形の中に入ることになってしまった。そしてその世界の両親に、ものすごく喜ばれてしまった。
『あああ! 我が娘を模した自動人形に、娘の魂が帰ってきた!』
『生き人形! あの子が帰って来るなんて!』
違いますなんて、その場では言えるはずもなかった。聞けば夫婦は、年頃のご令嬢を不幸な事故で失ったらしい。それで職人を雇い、人形を作ってもらったのだという。
大抵は故人の似姿を作って家族で楽しむだけのものらしいのだが、稀にこうして魂が入ってしまうのだとか。そうなるとまあ、『本人』ということになってしまう……らしい。
『これが……外の世界』
まあそういうわけで、私は貴族子女の交流と英知の研鑽を目的とした学院、『デラミー校』とやらに入学することになってしまった。
手続きとか色々の面倒とかはあったけど、その辺については先のご夫婦、つまり
『いやっ! 離して下さい!』
その声を私の聴覚が拾ったのは、昼下がりの頃だった。入学式と顔合わせを終え、皆が三々五々に散り始める頃――私はくたびれた体を癒やすべく、中庭のベンチで人間観察をしていた。
中庭といっても、言葉とは裏腹に校舎一つは入りそうなほどに広大である。私なんぞでは、一周走っただけで倒れそうだ。桜に似た木々が花を咲かせており、花盛り、若い年頃の生徒たちを華々しく彩っていた。あらかじめ聞かされていた通り、基本的には高校という認識で問題ないらしい。
『む……』
声を頼りに、私は中庭の一角を視界に収めた。距離にして、おおよそ五十メートルほど先だろうか。見目麗しき天然物の娘御が、いかにもなご令息とその取り巻きに囲まれているではないか。しかし他の生徒は目をそらし、足早に去っていく。誰一人、娘御を助けようとはしていない。
『ふむ』
私は推測を立てた。おそらくゲスなご令息は上級生。貴族でもそれなりのところの者なのだろう。取り巻きの態度から見ても、あからさまに上位者感を出している。皆が触れずに避けていくのは、彼の出どころに睨まれたくないからだろう。
まるでマンガかラノベの世界だなと、私は嘆息した。病院での暇潰しで、幾度となく読んだ記憶がある。ご都合主義よりかは、山あり谷ありのほうが好きだったか。
『おい、おい。聞いてるか?』
そんな思考にふけっていると、上から降って来る声があった。見れば先ほどの取り巻きの一人である。いつの間に移動していたのだろう。私に向けて、傲慢な視線を向けていた。
『ここは今から俺っちたちがお楽しみするからどけっつってんの。それともなに? キミもお楽しみに加わりたいの? 悪くはないけど、頼み方ってものがあるんじゃないかな?』
おおう。こっちが黙っているのをいいことに、勝手にまくし立ててくる。私は相手をよく観察する。金髪にそれなりの顔、体型も悪くない。まあそれ自体は、あちらのご令息も変わらないのだが。
『……』
ともあれ、私は立ち上がる。娘御を助けるかどうかは置いといて、変な因縁をつけられるのはごめんだった。
『お、いいねえ。素直な娘は、俺っちも大好きだ。やっぱり一緒に楽しまないか?』
立ち去ろうとした私の手に、掴まれた感触。そして引っ張られた感覚。これなら、正当防衛の範囲に収まるか。同時に思う。これで、連中との縁ができた。勢いで娘御を助けてしまっても、なにも問題はないだろう。
『お断りします』
私は引っ張り返す。同時にそっと右足を下げ、金髪の足をそっと刈る。両親から覚え込まされた、アイアン家流の戦闘術だ。私が機械だと知らぬ彼には、効果てきめんである。面白いように刈られて、たちまちすっ転んだ。
『痛え!』
『お?』
『なになに?』
すっ転んだ男の叫びに、たちまち他の男が近寄って来る。だから私は、あえて加速した。相手がこちらに向かうという意志が起こる前に、一気に本丸へと近付いていく。大丈夫。私は機械の身体だ。今は絶対倒れない。
『え……』
耳に入ってくる、驚きの声。さもありなん。人間にはおよそできない加速を、私は行使した。身体は軽やかに、本丸へ向けて突き進んでいく。
仮に生き人形だとバレるにしても、別段問題はない。ほんのちょこっと、生殖機能が皆無な程度だ。そのくらいなら、前世でもそうだった。ほんのちょびっと、悔しいけれども。
『あ、え』
私はようやく頭目――おそらくはやんごとなきご令息――の御前に立った。
『な、なんだねキミは! この私。公爵家が長男、カッタータ・トルンの邪魔をしようというのかね!』
ご令息が胸を張って宣言する。ブレザーについたピンバッジの勲章を見るに、やはり上級生、それも三年生だった。
なるほどなるほど。上級生であることに加え、家の威も借る狐ということか。一応、私からも挨拶をしようか。礼儀の正しさに損はない。
『先輩方、ごきげんよう。私はアイアン伯爵家が一子、マリーナ・アイアンと申します』
スカートにブレザーの制服姿とはいえ、一礼程度は素直にこなせる。今生の両親によって、入学前にこってりと仕込まれたからだ。少々不遜になってしまったかもしれないが、私は内心で胸を張った。
『な、なんだ。伯爵家の者か! しかもアイアン家だと? 我が公爵家は、代々大将軍を輩出している家柄ぞ! 軍内の格でいえば』
『上でございますね』
私は一歩、踏み出していた。家格の威を借りて場を収め、自身の欲望にふけろうとする。わがまま令息にもほどがあった。
私は見目麗しき娘御をちらりと見る。あれだけ嫌がっていたはずの顔が、いつの間にか赤らんでいた。視線は私に向いている。ええい、一旦置いておこう。
『ですが、嫌がる娘御を無理に誘おうなど、貴族の礼から言っても無礼千万。ついでに、我が家の家訓にはこうあります』
再び瞬間的に加速し、ご令息と娘御の間に割って入る。娘御を引っ張ろうとしていたのだろう。彼の腕が邪魔だったので、捻ってやった。これもまた、アイアン家流戦闘術だ。心身を鍛えるためにと習わされたが、こういう時には役に立つらしい。
『がああっ!?』
『【上官の息子は上官にあらず。死なぬように、たっぷりしごけ】と』
アイアン家は、軍内でもとりわけ訓練を担当する家柄だった。それこそお貴族様の令息を預かる近衛軍から、農家商家のやんちゃ坊主を預かる常備軍まで。すべての訓練を練り上げるのがアイアン家の役目だった。
その訓練において、上官の息子に手心など加えたらどうなるか? 待ち受けるのは本番、つまり戦場での討ち死にだ。そうならないよう、たっぷりしごく。それが先の、家訓の意義である。
『くっ、離せ!』
それでも相手は男子である。性根は腐っていても、力は強い。強引に私の腕を引き剥がし、全力逃走の構えに入った。
『お前のことは、教務に言いつけてやるからな! 覚えてろ!』
見事な捨て台詞を吐き捨て、取り巻きたちと逃げに入る公爵令息。さてこうなると少々困る。相手が訴え出られなくなるくらいの……と思ったところで、はたと気がついた。
私には、右腕があるではないか。両親が護身用に用意したという、最大級のプレゼントが。
スチャッ。
私は右腕を地面と平行に構えた。魔導の
「距離三〇〇……三五〇……」
私は周りを見ていない。ご令息、先輩どの、御学友の頭部だけを見つめている。隣で目をうるませている娘御がいるなど、知ったことじゃない。
「シュートッ」
私が小さくつぶやくと、右腕の肘から先が切り離された。魔力で誘導される、鋼鉄の腕。前世的に言えば、ロケットパンチだ。距離はたちまち詰まっていく。音に気づいたのだろう。ご令息が、こちらを向いた。今だ。
私が念じる。拳が止まった。ご令息の汗まみれの顔を、機械の眼が捉えた。よし。
つんつん。
ご令息の額を、人差し指で突っついてやる。それだけでご令息は膝を付き、崩折れた。遠目からでしか見たくないことに、股間も濡らしてしまっている。これではとても訴え出られまい。私は腕を呼び戻し、取り付けながら立ち去ろうとして。
「あの! 私、レイラ・ダーリングといいます! あなたは?」
意識の外から、急襲を受けてしまった。
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