(23)託すもの

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 家の中で話を始めてから十分が経った頃になって、ヘルミナが一瞬だけハッとした表情になってから苦笑をしていた。

「――いけませんね。相手のある会話も久しぶりのことでしたからついつい余計な話までしてしまいました」

「私としては有難いことなのですが……」

「フフフ。そう言っていただけると嬉しいですね。ですが、港でお待ちの皆さまにもお話する必要があるのではありませんか? それに、私も先に話しておかなければならないことがありますから」

「船への連絡はまだ猶予がありますから大丈夫です……が、ヘルミナ様がお話しなければならないことというのは?」

「私のことはヘルミナとお呼びください。それから話さなければならなことですが――連れてきて頂戴」

 ヘルミナは入口付近に控えていたオートマタに視線を向けてそう言った。

 側に控えているのがオートマタというのは事前に聞いていたので驚きはしなかったが、それでも指示に従ってきちんと動くことが出来る様子を見るとこの島が高度な技術で支えられていることが分かる。

 

 そのオートマタが戻って来るまで五分ほどの時間があったが、その間もヘルミナとの話は続いていた。

 エルモに伝えていた時間まではまだ二時間近く余っているので、話を続けるくらいの余裕はまだまだある。

 ヘルミナが知っている知識は藤花でさえも知らないことばかりだったので、浮遊球を運営していくうえでは役に立つものばかりだった。

 その中でもルーカスが特に興味を引かれた話は、浮遊球そのものの成り立ちに関する話だった。

 

「――かつて。この島が誕生するよりもはるか昔に、全ての始まりとなる十二の島があったそうです。その十二の島は浮遊球で管理されており、今この世界にある全ての浮遊球の元となっていて、始まりの島とも呼ばれていたとか」

「始まりの島」

「はい。実際にあるのかどうかは、私もこの島もマスターも見たことは無いので分かりません。ですが、交流のあった幾つかの島のマスターから聞いた話です。それらの島の中には、始まりの島から数えて次々代の浮遊球に当たるというものも存在したようです。実際のところ本当かどうかはわかりませんが」

「始まりの島についてもおとぎ話のようなものなのでしょうか」

「どうでしょうね。ただ私たちがかつて聞いたのは、一つの島からだけではなく複数の島からになります。中には実際に長く存在し続けていた浮遊球もあったので、何かしらの信憑性はあるかと考えてもいいのではないでしょうか」

「実際にその始まりの島を見たという者はいたのでしょうか?」

「さすがにそれはいませんでしたね。姿を隠して今も存在しているのか、あるいは既に管理する者を失って島自体が無くなっているのか。話を聞いた時分でも確認する術はありませんでした」


 明らかに自分たちが持つ知識よりも多くのことを知っているヘルミナやそのマスターでさえ知る事が出来なかったことであり、少なくとも今のルーカスたちでは知りようもない知識であった。

 この話がただの神話やおとぎ話なのかは分からないが、少なくとも目の前で話をしているヘルミナは多少なりとも真実が含まれていると考えているようだった。

 そんな知識をルーカスは頭から否定することは出来ないし、するつもりもない。

 

「全ての始まりの島ですか。私たちからすれば途方もない話ですが、よほどに凄い島なのでしょうね」

「どうなのでしょう。そういう島があったという話だけで、実際にどんな様子だったのかなどの具体的な話は伝わっておりませんでしたから。案外、ごく普通の島だったのかもしれません」

「ごく普通、ですか。私たちからすれば既にこの島自体が普通ではないので、そもそもの基準が違っているようにも思えます」

「そう言われてみればそうでしたね。あまり外の様子は詳しくはないのですが、今は島そのものよりも国の方に重きを置いているのでしょうか」

「島ではなく国に重きを置いている、ですか。確かにそう言われるとしっくりきますね」


 ルーカスはヘルミナの言い回しになるほどと納得した。

 話を聞く限りでは、ヘルミナのいる島は多くの人を住まわせるのではなくマスターが個人だけで島の管理をしていたという側面が強いと思われる。

 それは別にヘルミナのマスターだけではなく、他のマスターも似たり寄ったりの状況だったのだということだろう。

 いつの時代から多くの人を住まわせて国家という巨大な組織を運用していくようになっていったのかは分から名が、時代の流れで何かしらの転換点があったのかと推測ができる。

 

 話を聞きながらそんなことを考えていたルーカスだったが、ヘルミナの指示を受けて部屋から出て行っていたオートマタが戻ってきた。

 そしてそのオートマタが部屋のドアを開けるのと同時に、それまで大人しくしていたツクヨミが「ピュイ!」と鳴き声を上げならドアの方に向かって飛んで行った。

 その速さはこれまで見たこともないよな速度だったので、ルーカスも何事かと驚くだけでそれ以外の対応をすることが出来なかった。

 ただツクヨミが飛んで行った先であるオートマタの手の中に納まっているとある存在に気付いて、すぐに納得した顔になった。

 

「王種でしたか。確かこの島には数多くの星獣がいたということでしたが、その子もその内の一体ということですか」

「正確にいえば、マスターがいた時代から紡がれてきた系譜の最後に一体になります。さすがに管理する者がいなければ王種といえど数を維持するのは難しいのです」

「それは、なんと言えばいいのか……。その子が何かあったのでしょうか? 何か私に出来ることでもありますか?」

「はい。是非ともルーカス様には、この子を引き取っていただきたいと考えております。幸いにしてツクヨミ様との相性も悪くはなさそうですし」

 

 ヘルミナから思わない提案をされたルーカスは、思わずと言った様子で藤花と顔を見合わせた。

 島にとって王種がどういう存在であることはこの世界で誰もが知ることになる。

 それを譲るということは普通に考えればあり得ないことなので、二人がそんな反応をするのは当然のことだった。

 だがそれを見たヘルミナは、二人を安心させるように微笑んだ。

 

「――マスターが健在だったころのこの島は、多くの星獣とその王種がいました。ですがそれも昔の話。残ったこの子を引き取っていただければ、ようやくマスターの願いも叶えることが叶います」

「あの子を引き受けるのは、構いません。ですがマスターの願いとは?」

「マスターが愛したこの島で育った者たちの系譜を残すこと。問題は誰でもいいというわけではなく、マスターの思いを託せる方が現れるのを待っていたのですが、ギリギリ間に合ったようで安心したしました」

「その相手が俺……私だったというわけですか。何か特別なことをしたわけではないのですが、どういう条件になっているのでしょう?」

「それは私にもわかりません。マスターがどういう設定にしたのかも私には分かっておりませんから」


 マスターの思いだけを引き継いで長い間を生きて来たヘルミナを見て、ルーカスは何とも言えない感情を持った。

 藤花も当然だが、魔族は一人一人がそういう一面を持っている。

 悪くいえば過去のことを引きずっているだけとも言えなくもないが、良くいえば自分の感情に一途だということもできる。

 どちらを取るかはその人次第だろうが、少なくともルーカスは後者の感情を持っていた。

 それがこの島のマスターが用意した条件の一つに含まれているということも知らずに。




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m(__)m

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