(22)長い時を生きた者

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 女性に案内された建物は、一応屋敷といっていい大きさの建築物だった。

 ただそこまで大きいわけでもなく、一般家庭と比べて二回りほどの大きさの造りになっていた。

 外側も豪華な造りになっているということもなく、持ち主がそこまで外見にこだわらなかったということがわかる建物になっている。

 もともと庶民の出であるルーカスとしては、案内された建物に不満を感じることもなく、むしろ興味深げに観察をしている。

 案内をしてくれている魔族の女性は間違いなくこの島を管理しているはずなのに、豪華な建物ではなくむしろ庶民寄りの造りになっていることの方が不思議だったからだ。

 この建物だけ見てもこの島を作った『マスター』がどういう趣味の持ち主だったのか、その一端を知ることが出来る。

 島の大きさの割にはこじんまりとした建物であることには違いない。

 中にはそんな場所に案内された時点で怒りだすような人種もいるのだろうが、ルーカスとしてはそんなことよりも一見するとちぐはぐなこの島の内情の方が気になっていた。

 

 応接間というか客間に通されたルーカスたちは、勧められるままに椅子に座って女性の言葉を待った。

「――まずは、少し強引ともいえる手段になってしまったことをお詫びさせてください。私の名は……ヘルミナとお呼びください」

「ヘルミナね。分かった。俺はルーカスで、彼女は藤花だ」

「藤花ですか。いい名前をつけられましたね」

 

 ヘルミナは、そう言いながら視線を藤花に向けた。

 同じ魔族であるがゆえに、藤花の名付けがルーカスであることに気が付いているはずだ。

 その上で名前を褒めたということは、藤花自身のこともそうだが名付けのルーカスを褒めているということになる。

 それだけでも、ヘルミナはルーカスたちに敵対するつもりはないという意図を感じられるやり取りだった。

 

「それではこの島についてお話を――と、言いたいところですが、一つだけ確認したいことがございます。今の暦は一年十二か月で月三十日。四年に一度閏月があるということで間違いないでしょうか?」

「ああ。それで合っているな。暦が何かこれからの話に関係あるのか?」

「そうですね。まずこの島がどれくらい存在しているからのお話になります。おおよそになりますが、この島をお創りになったマスターが浮遊球を得たのは五千年程前のことになります」

「五千年……!?」


 想像もしていなかった年月をいきなり告げられて、ルーカスと藤花は思わずといった様子で顔を見合わせた。

 年月の長さそのものもそうだが、それだけの期間島を維持し続けていたということ自体が普通では考えられない。


「その気になって環境さえ整えることが出来れば、恐らくルーカス様の島でも同じことが出来ますよ。ただし、あまりお勧めは致しませんが」

「……何故か聞いても?」

「私を見れば分かるでしょう。かつては島を守る仲間もおりましたが、今では私一人しかおりません。長い間一人で居続けることも中々に厳しいものですよ。どことも交流しないことが前提になっておりますから」

「それは確かに辛いとは思う……が、そうすると今の状況はどうなるんだ?」

「結論から言ってしまうと、こうしてルーカス様がこの島にいらっしゃった時点で既に私の役目は終わりです。この島にあるものを別のマスターに引き継ぐことがここまで生きられた条件の一つですから。

 ――ああ、そのように悲しそうな顔をなさらないでください。このままお二人がいらっしゃらなければ、どちらにせよあと持って数十年というところでしたから。そういう意味では無事に引き渡しが出来て良かったと安堵しております」

 

 突然告げられた重い話に、ルーカスと藤花は何とも言えない顔になった。

 目の前にいるヘルミナがこの島を形作っている浮遊球が誕生してから存在し続けているのかは分からないが、想像を絶する長い時を生きて来たと分かったからだ。

 しかも現在は仲間とも呼べる存在すらいないともなれば、どれほどの間孤独に耐えて来たのかと考えざるをえない。

 そんな二人に向かって、ヘルミナは「フフ」と小さく笑ってから続けて言った。

 

「お二方ともお優しいですね。ルーカス様のような方だからこそ、この島の浮遊球も迎え入れることにしたのでしょう」

「迎え入れるって……それじゃあ浮遊球そのものに意思があるように聞こえるんだが?」

「ああ、これは誤解をされるような言い方をしてしまいましたね。勿論浮遊球そのものに意思があるというわけではありませんよ。ただマスターが遺した『設定』がそうなっていたということです」

「そもそも浮遊球にそんな設定なんて出来るのか? 俺はした覚えが無いんだが?」

「それは恐らくルーカス様の浮遊球が、まだまだそこまでの領域に達していないからでしょう。きちんと浮遊球を成長させていけば、いつかは到達できるでしょう」

 

 次から次へと出て来る聞いたことのない情報に、ヘルミナがルーカスや藤花よりも多くのことを知っていると理解できた。

 この様子だと今この場で言葉にしていることだけではなく、それ以外の多くのことを知っていることは容易に想像ができる。

 ヘルミナが話をしている様子を観察していたルーカスは、何故かそう確信していた。

 

「いつか、か。正直なところ、浮遊球をそこまで拡大させる意義が見つからないのだが……」

「おやおや。世捨て人のようなことを仰る……いえ、違いますね。浮遊球というものを良く知らないことから来るお言葉でしょうか。今の世はそこまで知識が失われているのでしょうね」

「それはどういう意味で……?」

「失礼いたしました。決してルーカス様のことを軽んじているわけではありません。代を重ねるごとに失われていく知識もあるということです。浮遊球から浮遊球への知識の伝承も完璧ではありませんから」


 浮遊球が新たな浮遊球を生み出すのは、生み出された時からプログラムされている本能のようなものだ。

 現在ルーカスが管理している浮遊球はその要求はされていないが、このままレベルが上がって行けば浮遊球自身が分身ともいえる存在を作り始める。

 ただし新しい浮遊球を作る際に与える知識は、元の浮遊球のものがコンピューターがコピーをするようにそっくりそのまま移されるわけではない。

 コンピューターの記憶媒体に限りがあるように、初期の浮遊球もまた容量のようなものが存在しているためだ。

 

「元の浮遊球から新しい浮遊球へ代を重ねるごとに与えられる知識に差が出ます。それが浮遊球の『個性』のように見えるのは面白いところですね。勿論、マスターのなった者の行動による変化もあるでしょう」

「そっくりそのまま同じ知識が与えられると考えていました。機械的に見える浮遊球に個性があるというのは面白いですね」


 既にルーカスも藤花もヘルミナの話に引き込まれている。

 自分たちが知らない多くのことを知っている先達として、自分たちを導くことが出来る者として見ているために、いつの間にかルーカスの言動も変わっている。

 ただただ長く生きて来ただけではない、それこそ生きた知識を持っているからこそできる『教え』のようなものだとルーカスは理解している。

 

 ルーカスにとっては自分の浮遊球に伝えられていない知識というのは、何よりも必要なものになる。

 ヘルミナがその何よりも欲しい知識を有していることは明らかで、だからこそ彼女が話している内容はすべてにおいて価値があると考えていた。

 何よりも彼女自身が既に先がないと断言しているのだから、こうして話を聞くには時間がないことも分かっている。

 そうした思いから、ついついエルモたちのことを忘れて話を聞きことになるルーカスであった。




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m(__)m

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