(21)案内者

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 桟橋から先の陸地は一キロほどが開けていて、そこから先は森になっている。

 倉庫すら一つも経っていないことからも桟橋がある場所を港と呼んでいいのか微妙なところかもしれない。

 その森に向かって整備された道が一本だけ通っていたので、ルーカスと藤花、それにツクヨミはその道に向かって歩き始めた。

 

「――罠の可能性もあるけれど……それは今更か」

「そうですね。こちらを害するつもりがあるのなら、道に沿って行こうが行くまいが森の中に入った時点であまり変わりありません。こちらには地の利が無いのですから」

「だな。だったら多少なりとも動きやすい道に沿って歩いた方がいいか。……そう思わせること自体が既に罠なのかもしれないけれどな」

「そんなことを言いだすときりがありません。敢えて道を外して行きますか?」


 そう確認してきた藤花に、ルーカスはすぐに「いいや」と否定した。

 可能性の話をするといつまで経っても動くことが出来ない。

 それなら罠があることを前提に警戒しながら探索を続けたほうがいい。

 ルーカスが藤花に対して言ったことはあくまでも可能性の話であって、罠のことを常に頭の中に入れて行動するべきだと自分に言い聞かせるためのものだった。

 

 罠に気をつけつつ森の中を十分ほど歩いたところで、ルーカスがあることに気付いて藤花に話しかけた。

「――今まで一度も魔物と会っていないな。人の気配はない。討伐がきちんとされているのか?」

「言われてみれば、その通りですね。魔法的な結界があるようにも思えません。ただ浮遊球の機能を使っている可能性はありますが」

「それがあったか。いや、むしろそう考えるほうが自然かもしれないな」

 

 魔物がどう生まれて来るのかということは、未だによくわかっていないことが多い。

 確実に言えることは、つがいを作って出産するという方法だけで魔物が生まれているわけではないということだ。

 人の手が入らない森の中であれば、いつの間にかゴブリンの一匹は二匹が生まれていても不思議ではないと言われているほどである。

 それがこの世界の常識であるはずなのだが、二人が今まで通ってきた道では魔物の気配は一切感じられなかった。

 

「人の気配もそうだけれど、魔族が居そうな気配も無いんだよな。ここが浮遊球だとしたら、そんなことがあり得ると思う?」

「私のようにマスターに付き従うということはありますが、浮遊球内に一人もいないということはあり得ないでしょう。ただここはあくまでも陸地なので、浮遊球そのものではありません。魔族が居ないとしても不思議ではありません」

「確かにそうか。これだけの陸地を維持している以上はどこかに浮遊球があると思うんだが……離島として管理してたら少し面倒かな?」

「そうですね。ですがその前に、本当に人がいないのかを確認することが必要でしょう」


 今まで歩いてきた感じだと、全くと言っていいほどに人の気配は感じなかった。

 遺失島だとしたら人がいないのは何ら不思議なことではないのだが、港があることと整備された道があることで既に一人もいないという可能性は二人とも全く考えていない。

 

 そして周囲を警戒しながら森の中の道を歩き続けること数十分。

 ついに状況に変化が訪れた。

 

「――ようこそいらっしゃいませ。名も知らぬ浮遊球のマスター様、それと私と同族の方」

 そう言いながら頭を下げて来たのは、藤花と同じ紫髪と赤い目が特徴の魔族の女性だった。

「初めまして。ここに管理者一族がいるということは、やっぱり管理されている島だったわけか」

「はい。といっても既にマスターは存在せず、管理者も私だけでございます。島の維持はオートマタに任せている状態ですので、そこまで手間がかかっているわけではありませんが」

「オートマタ。いや、そんなことよりも一人って……?」

 

 オートマタという言葉も気になるところだが、それ以上に目の前にいる女性一人しかいないということの方が衝撃だった。

 マスターがいないというのは想像は出来ていても、島を管理している管理者が一人しかいないということは予想外だった。

 それはルーカスだけではなく、目を見開いて驚きを示している藤花も同じ――どころかルーカス以上の反応を示している。

 

「その辺りの詳しいお話をするためにも、今は移動をしましょう。このような場所で長々と話をするべきではないでしょう」

「それもそうか。それなら案内をお願いします。藤花もいつまでも驚いていないで、一緒に行くよ」

「ハッ……!? し、失礼いたしました」


 滅多に見ることが出来ないほどの驚きように、ルーカスは内心で面白く思っていたがそれを表に出すことはしなかった。

 別に目の前に現れた女性に隠そうとしたわけではなく、藤花に対して失礼になると考えたからである。

 それに藤花がそこまで驚いたのは女性が一人で過ごしているということに対してで、それも自分が知らない魔族の中の決まりごとのようなものがある可能性もある。

 それも知らずに笑うのは藤花に対してだけではなく、女性に対しても失礼に当たる可能性があると考えたからでもあった。

 

 ルーカスは、今の段階で女性の言うことをすべて信じたわけではない。

 それでも素直に着いて行くことにしたのは、何故かツクヨミが懐いていたからだ。

 ツクヨミは誰でも彼でも懐くような性格をしておらず、むしろ人見知り寄りの性格をしている。

 そのツクヨミが自ら女性に近づいて行って、嬉しそうに周辺をまとわりついていた。

 

 初めてといってもいいようなそのツクヨミの行動に信用することにしたわけだが、当然ながら全面的に信用したというわけでもない。

 魔族の女性が何らかの目的があって近づいてきたことは間違いなく、その目的によっては自分たちが不利になる可能性もある。

 幸いにして女性は詳しく話をする意思があるようなので、ルーカスとしてはとりあえずはその話を聞いてからこれからどうするべきかを考えるつもりでいる。

 少なくともツクヨミの様子を見て、女性がすぐにでも力に訴えるようなことにはならないだろうと考えているからこその判断だ。

 

 魔族の女性が案内した場所は、さほど遠いところではなかった。

 というよりも、どこに向かうかは女性と会った時から見えていたからだ。

 女性がルーカスたちを待っていた場所は丁度森の木々が途切れていて、上空から見ればぽかりと開けた空間があることが分かったはずだ。

 その開けた場所に、一軒だけ屋敷と呼んでも構わない大きさの建物が建っている。

 

「――凄い綺麗な庭園だな。手入れするだけでも随分と手間がかかっているだろうに」

「お褒め頂き、ありがとうございます。ここはマスターが特に気に入っていた場所ですから、今でも維持するように力を入れております」


 僅かばかり声に寂しさが混じった気がしたので、ルーカスは短く「そうか」とだけ返した。

 島の様子を見ても既に女性が言う「マスター」が亡くなっていることは想像するに難くない。

 浮遊球の管理者たちは自分たちを生み出した浮遊球のマスターを大切にするということは、藤花一人を見ても分かることだ。

 浮遊球のマスターが亡くなって魔族がどういう感情を抱くのかは、ガルドボーデン王国にいる管理者たちを見てルーカスも理解しているつもりだ。

 その事実に気付いているのかいないのか、案内している魔族の女性は特にそれ以上のことを言うことはなくルーカスたちを屋敷へと導いていた。




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m(__)m

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