(17)進むべき先

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 三隻の船が長期遠征のために王都の港を出発してから既に五日が経った。

 ここまでの行程では特に大きなイベントが起こることもなく、良くいえば平和な、悪くいえば何も成果がない日々を過ごしている。

 道中では小物の魔物を見つけて食料の足しにしたりはしているが、現地調達できるときには手に入れて処理することは基本中の基本なので皆が当たり前のように受け入れて動いていた。

 今朝も小さな獲物を見つけて狩っていたがルーカスの出番はなく、端的にいえば暇な時間を過ごしている。

 もっともエルモの船でルーカスの出番がある時は何かあった時なので、暇であることは良いことと言えなくもない。

 ただし今回の目的である資源の発見が出来ていないという意味でもあるので、全体でいえば悪いことともいえる。

 元の予定でも往復で二十日程度を見越しているので、今のところ乗員たちにも焦りのようなものは見られない。

 そもそも一度の探索で必ず資源が見つけられるというものでもないので、ベテランほど日々の業務を焦ることなくこなしていた。

 

 今はもう少しすれば昼時で、船の上での数少ない楽しみの一つである食事がもう少しといった頃合いだった。

 ルーカスは船の舳先近い甲板で寝転がりながらツクヨミを構いながら、藤花を相手に雑談をしていた。

 藤花とする話の内容な基本的には中継島に関する話題が多いのだが、いつでもどこでも島の話をしているわけではない。

 今も島とはまったく関係の無い話をまったりとしていた。

 

 端から見れば一組の男女がいちゃついているように見えてもおかしくはない状況なのだが、何故か二人からはそんな雰囲気は全く感じられなかった。

 そのお陰で周囲にいる船乗りたちからは、生暖かい視線を飛ばされている。

 とはいえ二人はそんな周囲の様子を気にすることなく、これがいつも通りという様子でいる。

 どちらかといえば、熟年夫婦が特に会話もなく過ごしているような感じと言われてもおかしくはない雰囲気といえなくもない。

 

 ふとした瞬間に会話が途切れてそれでも居心地が悪くなることもなく自然のままでいたルーカスだったが、それまでとは違った感覚を感じ取った。

 それとほぼ同時に、ツクヨミが何かを気にするように今までとは違った方向に視線を向けたことにも気が付いた。

 

「もしかしなくても、ツクヨミも気が付いたか」

「ヒュイ!」

「そうかそうか。ツクヨミがそう言うんだったら恐らく間違いはないんだろうな」

 

 第三者からすれば全く意味が分からない会話を繰り広げる一人と一匹に、藤花はこれまでと変わることなく王巣を見ていた。

 ルーカスとツクヨミがよくわからない会話らしきことをすることはよくあるので、むしろ邪魔にならないようにしている。

 

 ツクヨミの返事を聞いたルーカスはしばらくの間一方を見ていたが、一分ほどしてから傍で休んでいた船乗りに話しかけた。

「予定だったらこのまま直進するんだったよな?」

「そうですぜ。風に流されるままに、ですぜ」

 その船乗りが言った『風に流されるままに』というは探索者の常套句のようなもので、無駄に風に逆らわずに進むことを意味している。

 意味的には船の進め方そのものを差す場合と人生の指針のような格言で使われることもあるが、今回は前者の意味で使っていた。

 

 船乗りの言葉を聞いたルーカスは一度だけ頷き返してから、視線をもう一度先ほど見ていた方向に向けた。

 その様子を見て話しかけられた船乗りも何かを感じ取ったのか、ルーカスの邪魔にならないようにしながらその場から離れて行った。

 その彼が向かったのは船の進路の決定権を持っている航海士のところだったが、ルーカスはそれには気付かずに一定方向を見つめたままだった。

 

 そこからさらにしばらくして、一人の船乗りがルーカスの元へと近づいてきた。

 エルモの船の中でも高い地位に就いている彼は、緊急時に船長に変わって船の進路を決めて指示できる権限を持っている。

 早い話が戦闘員や機関士ではない甲板員たちを取りまとめている立場になる。

 ルーカスも藤花の声掛けによってその彼が近づいて来ていることには気付いていたが、そちらを見ることなく相変わらず一定方向を見ていた。

 

「――何か見つけましたかな?」

「いや。さすがにまだ遠くて分からないな。ただ、恐らく間違いはないと思う。ただ今の進路のままもう少し進めて様子を見たい」

「そうですか。では、いつでも進路変更できるように準備をさせます。船長への報告は?」

「俺からもしておくが、お願いしていいか? ただ、まだ慌てるような時間じゃないからな。俺はしばらく様子を見るさ」


 ルーカスの感覚では、ほぼ間違いなく何かがあるという確信がある。

 とはいえその感覚は誰かに説明できるようなものではないので、具体的な説明は省いている。

 それに今の船が進んでいる進路は目標から大きく外れていないので、様子を見るのにはちょうどいい。

 さらに様子見をするのはもう一つ理由があるのだが、これはまだ誰かに言うべき時ではないとルーカスは考えている。

 

 それから一時間ほどその場で様子を見ていたルーカスは、船団の指揮官であるエルモのいる船長室へと向かっていた。

 ルーカスが入室の許可を得るために声をかけると、中からすぐに了承する声が聞こえていた。

 部屋の中では、航海日誌をつけていたらしいエルモが、パタリと冊子を閉じてルーカスを見た。

 

「そろそろかと思っていたがやはり来たか。報告は受けているが、当たりそうか?」

「いつも通り確実に当たるなんてことは言えないさ。……と言いたいところだが、どうも今回は様子が違う」

「ほう。お前がそこまで断言するのは珍しいな。だったら何故今まで様子を見ていたんだ?」

「何か嫌な予感……じゃないか。これまでに感じたことがない感覚がある。言葉にするのは難しいんだが……」

「そうか。お前がそこまで迷うのも珍しいな。いずれにしても、ここに来たということは目指すことに決めたんだろう?」


 確信を持ってそう聞いたエルモに、ルーカスははっきりと「ああ」と答えた。

 今のルーカスは常にはないツクヨミの反応と、何よりも自分自身でも今まで感じたことがない感覚に戸惑っていた。

 それでも自分の得た感覚を信じて探索に向かうと決めたのは、その感覚が『向かったほうがいい』と訴えているからに他ならない。

 ここでその感覚を反故にしてしまうと、これまでの自分を否定することになりかねないとどこかで感じ取ってもいる。

 

「ツクヨミも何かを感じ取っているみたいだからな。何かがあるのは間違いないだろう……と思う。ただその『何か』が騒動の種になりそうな気がしてならないんだよ」

「騒動か……。それにツクヨミまでとなると確かに悩ましいところだな」

「だろ? ただ避けて通ってもそれはそれで後悔しそうな気がするからな。騒動のことは起こってから考えることにした」

「そうか。それなら良いだろう。こちらとしても反対する理由はないからな。まだ見えてもいない結果に怯えても仕方ないだろう」


 船団の実質トップ二人がそう決めたことで、これから進むべき先は決まった。

 これからの細かい進路はルーカスの指示によって動かすことになるが、エルモがそれに反対することは無い。

 今までもそうやってきたことなので、エルモがそれに不満を覚えることはない。

 そもそもルーカスが感じ取っている場所は、今まで船が進んできた方向と大きな違いがあるわけではないので反対する理由などないということもある。

 

 とにかく当てもなくただただ漂うだけだった船団は、これからは明確な目標を持って進むことが決まるのであった。




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m(__)m

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