(16)仕事の覚え方

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 浮遊世界ターフにおいて、全てのものは常に移動をしている。

 それは、王国を築いているような大きな大地であっても変わることのない不変の原理とされている。

 ここで学者たちの間でも大きな議論がされていることは、それらの移動が風の力だけで行われているわけではないということだ。

 もし風の吹く来る方向へ全てのものが動いているのであったらならことは簡単だったのだが、風とは逆向きに浮遊してくる資源などがある。

 そもそも人々が暮らしている大地でさえ一定の方向に進んでいるわけではないことからも、それは証明されている。

 ではその力が一体何なのか――それが長い間学者たちの間で議論され続けている疑問になる。

 浮遊球の存在を知る者であれば、それが島々に力を加えているという推測もできるだろう。

 ただし浮遊球が関わっていないはずの物体も風以外の力が加わって動いていることもあるので、浮遊球だけがそれらの動きに関わっているわけではないということになる。

 

 浮遊球の存在があろうがなかろうが、風以外の力で世界のモノは浮遊しながら動き続けている。

 その事実は、主に風の力に頼って移動している船乗りたちにとって非常に厄介な問題となる。

 浮遊している資源が風の力のみで動いているのであれば、ある程度予測したうえで船の探索範囲を決めることが出来る。

 それを難しくしていることが、世界中に浮遊しているものが風以外の何らかの力が加わって動いているという事実だ。

 

「――俺たちが探すべきものは、風上に向かえば必ず見つかるという単純な話ではないということが今の話で分かったか?」


 指導役がそう締めくくると、アルフとエルッキ、それプラス二名の新人が納得した表情を浮かべていた。

 それ以外の三人は、分かっているのかいないのか、無駄に自信があるような顔になっている。

 根拠もなく自分に自信があるのは若者の特権であるということを指導役も理解しているので、ここで無駄に注意することはない。

 こういう者たちほど頭ではなく、現実を知って無理やりに分からせられて理解していくからだ。

 もしそれが出来ない場合は、無駄にその命を散らすことになるだけのことだ。

 

「分かっていない奴もいるみたいだが……まあ、いいか。今は風に向かって進むだけだと意味がないと覚えておけばいい。――アルフ、何か質問か?」

「風に頼るだけだと駄目だということは分かりましたが、では探索者は何を基準に進むべき方向を決めているのでしょうか」

「それこそ勘と経験……だと言いたいところが、実際はそんなことは無いな。言い出せばきりはないな。風を読むのは当然のこととして、他にどんな場所でどんなものが見つかってどの方向から流れて来たのかとか、それこそ色々調べたうえで決めているな」

「きちんと調査を重ねたうえで行き先を決めているわけですか」

「そうだ。……と、断言できれば格好良かったんだろうがな。それをしたうえでも中々見つけられないからこそ、探索者は山師なんて言われてるんだろうな。実際、ただの当てずっぽうだけで向かう奴もいるから否定しきれないというところもあるんだが。結局は見つけた者勝ちの世界だからな」

「結果さえ出せれば過程はあまり見られることは無い、ということですか」


 何とも切ない話ではあるが、別に探索者の世界に限った話ではないだけにアルフもため息混じりにそう返すことしかできなかった。

 過程や努力に伴ってきちんと結果が返って来るなら良いのだが、実際はそんな都合よく物事は進まない。

 逆に何もせずとも結果だけを得る者がいるのも事実なので、こればかりは不公平だ理不尽だと喚いても仕方がない。

 もっとも、そんな幸運は長続きしないということもあるのだが。

 

「――少し話が逸れてしまったな。とにかく風だけに頼って探しているようだと、いつまで経っても成長できないわけだ」

「だからこそ風だけに頼らない数々の魔道具があるわけか」

「エルッキの言うとおりだな。操船は勿論だが、魔道具も使いこなせないといつまで経っても三流だと言われるぞ」

 

 自分は使わずに誰かに任せてしまえば良いという顔をして聞いている新人もいたが、実際にそうそう甘いものでもない。

 そもそも船の運用は、緊急事態に備えて皆が同じことが出来るようになっていることが望ましいとされている。

 普段はそれぞれ専門性を持たせて運用されているのだが、それは平時だからこそできることであっていざという時のことは常に考えておかなければならない。

 結果として『自分は何々が不得意だからやらない』といってしまうと、満遍なくこなせる船乗りよりも下に見られてしまいがちになってしまう。

 あれはいやだ、これはしたくないと食わず嫌いをしていると、いつまで経っても一人前とは見られないというわけだ。

 

「――とはいえ最初からあれもこれもと出来るようになるわけではないからな。今は出来ることからやっておけるようになればいい。それに職人や操船と大きな括りもあるからな」

「さすがにエルッキと同じことができるとは思えませんので、そこは安心ですね」

「ハハハ。アルフの言う通り、俺もそれは同感だ。ただ船の簡単な応急処置とかは操船側の範疇に入って来るからな。道具の名前や場所なんかも知っておかないと駄目だからな」

「覚えることが多すぎて、毎日頭がパンクしているんだがなあ……」


 新人の一人がそう漏らすと、『俺も船に乗ったばかりのときはそうだった。頑張れ』と答えつつ、指導役はガハハと笑っていた。

 船乗りの教育は『習うより慣れよ』が基本になっているのは、多くの船乗りを目指す者が学校に通わなかった(通えなかった)者だからだ。

 スラム出身であっても学ぶ意欲のある者は先輩の話を聞いただけで覚えることが出来るのだが、大体は体に覚え込ませるという方針が取っている。

 今こうして指導役が雑談と称して船乗りの実情を語っているのは、頭で覚えるタイプの人を取りこぼさないようにするためだ。

 

 アルフやエルッキは中央の学校でもトップクラスの学力があるので、勉強得意といえる。

 ただし幼少の時から行商をしたり工房に入り浸っていた過去があるだけに、体で覚えるということも理解しているタイプだ。

 中には知識の詰め込みが不得意で繰り返しで体にしみ込ませて覚えていうというタイプの人間がいることも知っている。

 だからこそ、今この場で顔をしかめながら話を聞いている新人たちのことを馬鹿にして見るようなことはしていない。

 

「体で覚える奴はそれで構わないさ。ただ多くの仕事ができるようになれば、それだけ評価がされるということだけ覚えておけ。それが出世の早道だってな」

「……フン。ここにはコネで入った上に、最初から良い仕事をしている奴らもいるがな」

「馬鹿たれ。アルフやエルッキは、すでにそれだけの仕事ができるからそうなっているだけだ。現にお前らがまだ覚えていない仕事もたくさんこなしているだろうが」


 思わずといった様子で悪態をついた新人に、指導役は睨みながらも言葉だけで反論していた。

 言われた当人であるアルフやエルッキは、余計にこじれるだけだと分かっているので黙ったままだった。

 素直に話を聞いているだけならいいのだが、時々こうした悪態が入って来ることがある。

 ただし二人ともそれを聞いてもスルーを決め込んでいるので、悪態をつく意味を成していない。

 二人に言わせればそんなに気に入らないのであれば早く仕事を覚えてしまえばいいのにと思うのだが、それを口にするとややこしいになることは分かり切っているのでろくに反論もせずにいるのであった。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る